尻尾が見えるような気がする。
ぶんぶん振ってる尻尾が。
私を抱きしめて確かめるように首にぐりぐり頭を押しつける男。
身長は私よりずいぶん大きい。吸血鬼の男。

「あの、ホームズさん」
「シャーロック。」
「シャーロック」

名前を呼んでみると背中に回った腕に一層力が入った。

「私、家に帰らなくちゃ」
「・・・・・・」
「えっと、また来るわ?死んじゃったり他の人襲っちゃったりしたら困るし・・」
「・・・・・・・・」
「シャーロック?聞いてる?」

ぎゅう、と抱きしめられたまま動かなくなった吸血鬼。
どうしようかしら、なんて考えてると遠くから階段を上る音が聞こえてきた

「ジョンだ」
「ん?」
「同居人。」
「おーいシャーロック。」

リビングで呼ぶ声がする。
肩に手を置いてシャーロックと距離をとる。
顔は見えるようになったものの、背中に回った腕は離れなかった。

「離れてください」
「なぜ」
「勘違いされるわ」
「勘違い?」
「ベッドルームで男女が抱き合ってるのよ」
「そうだな」
「困る」
「困る?僕は困らない」
「私は困るわ。だって、」

言いかけたところでシャーロックの後ろのドアが開いた。
吸血鬼と同居している人だからどんな人かと思ったら思っていたより柔和そうな人だった。

「おかえりジョン、受付嬢はやめておけ。四人相手がいるし貢がせるのが手だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん。邪魔したね」
「違います!!!!!!」

ガチャ、バタン。
間は数秒。シャーロックが何か言ったけれど、ジョンさんはそれを聞き流したのか聞いていなかったのか

「君は物が欲しいと思うか?」
「ねぇ、彼きっと勘違いしたわ」
「僕の質問に答えてくれるなら離れる。君は物欲があるか?」

私の目をじっと見て質問してくるシャーロック。
なんなのこの吸血鬼。私の髪の毛の先を指で遊んでいる

「あ、る。服とか靴とか、鞄とか。あるわ」
「僕はあまりなかったんだ。欲しいと望めば手に入れるのが主義だから。」
「そうなの?」
「だから 、君も欲しい」
「・・・・・・」

髪を撫でていた細い指先が頬に添えられて、唇を撫でる。

、お願いだ。」

顎をつかまれて引き寄せられて、彼の眼がよく見える位置まで。
綺麗な色。海と空の境界線のような、鮮やかな水色に見える。
でも瞬きすると雨粒を浴びたミントのように光る。
不思議な色

、」

唇が、触れそうになった。

「ごめんなさい。帰るわ。」
「っ!?」

でもキスなんかさせてあげるわけない。
初めて出会って数時間しか経ってないのに私はこの男に血液まで提供したんだ。
ドアを開けるとジョンさんが腕組みして立ってた。
笑いをこらえているようだ。

「笑うなジョン!」
「まだ笑ってないよ、」
「同居人の方?」
「あ、うん、そうだよ。えっと君は、依頼人かなにか?」
「依頼人?」
「あれ、違うの?まぁベッドルームで依頼を聞くことはないからね。」
は今日から僕の物になったんだ」
「それは初耳だわ。」

ジョンは片眉を上げながら私に笑いかけた。
ジョンは私をリビングへ促した。シャーロックも怒りながら後ろをついてくる。
椅子をすすめられて、座らせてもらう。

「僕の魔力が効かなかった」
「ごめんね、シャーロックはちょっとおかしいんだ」
「別に隠さなくていい、彼女は知ってる。それから僕はおかしくなんかない」
「・・・・・え!?」
「これから僕に血を提供してくれるらしい」
「ど、え、ちょっと待てよ、今日だって血液パック持って帰ってきたんだ。」
「僕が満足するまで飲んだら は死ぬ。
だからジョンは今まで通りパックを入手しろ、
なんせここには血液を変えなきゃならない難病患者が住んでるんだ」

私の頭上で良くわからない会話が行われている。
腰を落ち着けて要約すると、
ジョンと言う人は医者で時々血液パックを持って帰ってくる事。今まではそれを飲んで過ごしてたこと。
シャーロックの職業は探偵ということ。そして吸血鬼にキスされると相手の事以外考えられなくなること
相手の事以外考えられなくなる、というのは厳密にいえば吸血鬼がかける呪いの一種らしい。
一定期間離れていると精神や身体に影響が出るとのこと。

「ちょっと待って!さっきもしかして!!!」
「君がここに通う手間を考えたら君がここに住んだ方がいいと思ったんだ!」
「なんで私が貴方のことばっかり考えなきゃならないのよ!」
「恋愛?とかいうやつはそう言う現象だろう!」
「精神がおかしくなったり身体に不調が起るのは病気って言うのよ!」
「だから厳密にいえば呪いだと、」
「呪うな!!!!!!」
「二人とも息ぴったりだね。」
「僕は がいないと死んでしまうんだぞジョン!」
「それは困るな。僕一人じゃこの部屋の家賃は払えないしね」
「と、とりあえずここに通うから呪いはかけないでよ!!!!」

徹夜明けの頭だ。勢いで物を喋ってる。
頭はぼんやりしていても、身体は不自然なくらい元気。
でもこれはキャパシティオーバーだからこそのから元気。

「ねぇ、お願い。とりあえず帰らせてベッドで眠らせて頂戴・・・・」
「・・・・・・・・・メールしたらすぐに来てくれるか?」
「わかったわ・・・分かったから・・・」
「じゃあね、 、また来てくれよ。歓迎する」
「ええ、ありがとうジョン」

この勢いで自己紹介もしていないのにジョンと少し仲良くなれた。
階段を下りると何故か待っていたかのようにタクシーが一台。
ベーカー街221b。
これから通うことになりそうだ。



「シャーロック、呪いなんか掛けずに彼女をその気にさせればいいんだ」
「ジョンに言われたくないな。受付嬢はやめておけよ」
「わかってないな。恋人同士って言うのはいつも一緒にいるんだ。」
「・・・・・僕にそんなことができると思っているのか!?」
「できない、じゃなくてやるんだよシャーロック」
「君は面白がってる!これは僕の生死がかかってるんだぞ」
「そんなに彼女の血、おいしかったの?」
「今まで出会ったことのないものだった。」
「それもある意味惹かれる理由なんだろうな。吊り橋効果だ吊り橋効果」
「吊り橋が揺れるよりも重大だ。僕は生きるか死ぬかだ」
「でも効果は一緒だろ」
「ジョンも頭が回ってないな寝た方がいい」
「はいはい。そうするよ。」