ぱちり、と目が覚めた。
気がつけば私は見知らぬベッドに上半身を預けて床に座り込んでいた。
体をあげて、ベッドから離れる。
朝、だ。目の前には男の人が一人、眠っていた。
夢?何処からが?何処までが?夢だった?
「・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
無意識に首に手をやっていた。
そこに、小さな、くぼみが、ふたつ
認識してしまうと足腰に上手く力が入らなった。
とりあえず、この男が起きる前に、逃げなければならない。
銃はある。だけど銀製の弾なんて持ってない。なんてばからしい事を考えながら。
そっと、それでも急いで、逃げようとした。
けれど
「・・・・・・・・・・・・・・待って、くれないか」
これまで仕事でいろんな国で監禁されたりした。
いろんな国で拷問も受けたし、命と命をかけて取引だってした。
でも、でも、化物は、相手にしたことがなかった。
自分は思っていたより臆病ものだったのだろうか。
声が聞こえただけで、体が動かない。
目の前でゆっくりと男の瞼が開いて、ゆっくりとした動作で、起きあがる。
「・・・・・・すまない、僕は・・・また・・・」
「逃がしてくれるの」
出来るだけ、冷静に
「え、」
「それとも殺すの?」
「いや・・」
「早めに決めて頂戴。」
勝てない相手に、挑む馬鹿じゃない。
「違うんだ・・・話を聞いてくれないか」
「いいわ」
「・・・・」
「正直に言うとね、立てないの。だから話を聞くしかないわ。どうぞ。吸血鬼さんは何を語ってくれるの?」
「・・・・っ」
癖っ毛でブルネット。青い瞳。細身で白い肌の男は両手で顔を覆うようにして固まった。
見てとれる。動揺している。
「シャーロック?さん、」
「っ・・名前を呼ぶな」
「・・どうして?」
「疼くからだ」
「何が?」
「欲求が」
「もっと分かりやすいように言ってくれない?」
吸血鬼は立ち上がって、私の前に立った。
正直、顔はきっと強張ってる。虚勢もいいところだった。
両腕がこちらに伸びてきて、ああ、やっぱり、こんな朝日の中、殺されるんだと思って目をつぶった。
腰には銃があるけれど、握ったって仕方ない。
と思っていたら
「っ!?」
体は中を浮いた。
いや、魔法やマジックというわけじゃなくて、彼が、シャーロックさんが、持ち上げたのだ。
そしてゆっくりベッドに降ろされた。
「・・・何考えてるの」
「いや・・正直、僕は混乱している」
「そう、なの?」
吸血鬼は私の頬をゆっくり撫でた。
殺すなら早く手際よくやってくれないかしら。
「僕らは吸血行動が生命の源だ。ただ、最近は君たちと同じように食事をとったりしてバランスもとれたりする。
僕は、特に、その、吸血行動が嫌いで。必要に応じなければしないんだ。本当に。ここ最近、僕は別の事に集中していて
食事も、吸血も、行わずにいた、それで君に見つかった。
家に着くまではかろうじて記憶があったんだが、そのあとの僕は
目の前に僕が本当に飲みたいと思う香りが、あって、それで、あの、本当に申し訳ない」
「それってお腹すいてたから、じゃないの?」
「違う。」
たどたどしい説明から話すのが苦手な人だと思ったけれど
私の問いにはきっぱり答えた。それから、顔を私の肩に寄せた。
体がこわばる。声が出なかっただけ褒めてほしい
「すまない。きっと怖い思いをさせた」
「・・・・・・」
「でも僕は、これがいいんだ。君がいいんだ・・・」
「・・・・・・・・」
「君が、もし嫌だと言うなら僕は君をここから出す。後も追わないし消して探さない。
だが、僕はそのあと
一人ベッドの上で死んでいくんだろう。」
「脅してるの?」
「そうかもしれない。今、君を引きとめる材料がこれしかない」
不死で、最強と謳われる吸血鬼に、今私、懇願されている。
「なにを、すればいいの?」
「時々、少し、血を分けてくれ。」
「・・・・・」
「頼む。もう、君以外の血を飲む気になれない」
「」
「・・?」
「名前、・。貴方は?」
「シャーロック・ホームズ・・・」
目じりを下げて、子犬がご主人様を見上げるような顔で頼まれて、
これが吸血鬼かと言われても納得できないような姿で頼まれて。
どうして名前なんか教えちゃったのかしら。
「優しくしてね」
もしかして吸血鬼が持つ魔力ってやつなのかしら。
ちょっとでも可愛いなんて思うなんて。
でも昨日の夜の彼の顔を思いだすと、今でも背筋が凍るほど、怖かった。
「・・・・・、君は魔力が使えるのか?」
「え?」
「・・・・・・・・・動悸がする。呼吸も荒い。きっと瞳孔も開いているだろう」
「え、っと?」
「」
「なに?」
「抱きしめてもいい、だろうか?」
ええ、ともいや、とも言う前に、長い腕が私を引き寄せて、力いっぱい抱きしめられた。
とりあえず、頭を何度か撫でておく。
私は、吸血鬼に懐かれたのか、それとも犬に懐かれたのか。