耳を澄ましたけれど何も聞こえない。
彼女はよりかかっていた机から立ち上がって扉を開けた。
マイクロフトはノックしようとしてたみたいで腕を上げていた。
後ろにはメイドさんたちが立っている。
こっちは気付いていたけれど。まぁ私たちが話してるから遠慮してくれたんだろう。

「・・・・・・やぁガゼル。お邪魔だったかな?」
「こんにちは。女性が集まって喋る内容なんて知れてますよ。」
「なるほど、私は自分の悪口を聞かずに済んだようだ。」
「これで失礼します。先輩、お色直し楽しみにしてマース」
「ああ、ガゼル、図書室にこもってるシャーロックを引きずり出してきてくれるかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「頼むよ」
「可能かどうかははっきり言えませんよ。」

彼女は明らかに肩を落として部屋を出て行った。
シャーロックは式には参加したものの、そのまま図書室にこもりっぱなし。
おめでとうの一言もまだ貰ってない。

?どうしたんだ。」
「・・・いいえ、まだシャーロックからおめでとうって言われてないから、
ガゼルが早く引きずり出してくれるといいなぁって」
「ガゼルならやってくれる。弟が珍しく興味を示した女性だからね。」
「ブーケ渡しておいてよかったわ。」
「未来の妹か、悪くない。」
「胃痛が絶えない毎日になるでしょうね。」

マイクロフトは少しだけ口角を上げた。別に笑ってるわけじゃない。
微笑んでもいない。ただ、口角を上げた。
メイドに促されて衝立の裏へ。用意されたドレスに着替えなおす。

「どうして来たの?私に構ってる暇なんかないでしょう?」

しまった。今のは嫌味っぽかったかしら。
どうしても彼の方が年上だから、彼と喋ると自分の子供らしさが浮き彫りになる

「いや、君の顔がすぐれなかったからね、様子を見に来たんだ。」
「そう?大勢に挨拶したから疲れただけよ。皆驚いてた。上司も同僚も。生まれた時からの許嫁だったのに」
「できるだけ公開しないようにしていたからね。」
「へぇ。なんで?」
「無駄に命を危険にさらす必要はないだろう。」

できるだけ、なんて言い回し、馬鹿らしい。
彼が広まらないことを願う情報は消して広まらない。噂話にもならない。

「ふぅん。」
、何を怒ってる?」
「怒ってないわ。」
「でも、君は幸せというわけでもない。」
「幸せよ。やっと許嫁から奥さんへランクアップだもの。これからは今まで以上に貴方を困らすことに
体力と精神をそそげるって思うと楽しみでしかたないわ。」
「これからのことじゃないよ。分かってるだろう。今現在の瞬間的な気持ちの問題だ。」
「さっき言ったじゃない、疲れてるのよ。」

あまり追求しないで頂戴。
結婚式当日から貴方を困らせたくないし、嫌われたくないし、
私だって怒鳴りたくないの。メイドがチャックを上げて、髪の毛を直して一礼した。
彼女たちは私たちの弱みを沢山知っているけれど、けして外部に漏らさない
特に、役人の屋敷にいるメイドは皆そう。歴代使えているってやつ。
ここにお金をかけない中途半端な金持ちはすぐにゴシップが世間へ流れる

「・・・・・・・・・先ほど私は嘘をついた。」

メイドが立ち去ったから彼は私が着替え終わったことを知っている。
私は、ついたての裏から動けなかった。

「なぁに?怒らないよ?」
「君の様子が変だったから尋ねたんじゃない。様子がおかしかったのは分かっていたし、
君が私に怒っていることも分かっていたが」
「ええ。」
「シャーロックからメールが。」
「・・・・・・・なんて?」
「『誰のための結婚式なんだ』と。」

私の可愛い弟は世界一の名探偵。
表情一つで全てを読み取る。きっと図書室の窓から覗いていたのね。
私の可愛い弟は昔から私の味方をしてくれる。
今日貰った誰からの「おめでとう」より嬉しい言葉。

「それで?あなたはどう思ったの?」
「君は、当初から嫌だと言った。私だって、不本意ではあった。」
「うん。」
「だが、やらなければならないことは分かっていただろう?」
「ええ。だから私は今日3度も着替えたのよ」
「今はやってよかったと思ってる。」
「そうなの?」

ついたてから顔をだして聞いてみる。
大勢の人、大勢の言葉、大勢の嘘。彼の嫌いなものが全部集まっているのに。

「君がヴァージンロードを歩いて来た時、君の夫になってよかったと心底思ったからだよ。

いつも通りの無表情。
顔を赤らめるとか、いいにくそうにするとか全くない。
嘘だって言われたらそっちの方を信じるくらい。
椅子に座って、背中をゆったり預けて
でも。それが嘘じゃないことと、最高のプロポーズだってことは分かってる。

「マイクロフト」
「なんだい?」
「最高のプロポーズね。」
「・・・・・・・・・・・ああ。そうか、私は君にプロポーズらしいことを一度もしていない。」
「ええ。流れるようにここまできちゃったわ。本当だったら今日の朝、手紙一枚置いて失踪してもいいくらいよ」
「君が消えていなくて良かった。」
「感謝して頂戴。」
「いつだって感謝してる。」

それだって嘘じゃない。
彼の本心と建前と嘘を見分けるのは本当に難しい。
ガゼルは全く分からないって。勘を信じるしかないですね、なんて笑ってた。
シャーロックは分かってるって。だから必要以上に反発する。
ウィルは分かりたくもないって。尊敬する兄ながら中味は知りたくないですね、と。
じゃあ私は?本日付で奥さんとなった・ホームズは

「ねぇ。私の事、本当に愛してるなら」

彼の本心と建前と嘘を全部、理解して

「お願いを聞いて下さるかしら」

許してあげて、分かってあげる

「喜んで。」

でもね、感情を押し殺すのは得意じゃないの。

「早めにお客様を追い出して頂戴。」

それはマイクロフトだって知ってる。彼と間逆の性格だから結婚したのよ。

「今日は、初夜だもの。私を一人でベッドに入らす気はなかったらの話だけど。」

・・・・・・・・・・・・・彼の驚いた顔はものすごくレアだから写真撮っておけばよかった。
ガゼル辺りが喜びそうだったのに。