ぼんやりと遠くの方で大勢の人に囲まれてるマイクロフトを眺める。
私はと言えば、挨拶と笑顔を振りまくのに疲れて一人、座っている。
結婚式が何よ。私はしたくないって言ったのに。
最初は君の好きにすればいいなんていいながら結局、分かってるだろうだなんて。
分かってますとも。ただのお披露目会だけじゃないのよね。
政治的地位の高い人から低い人まで。彼の周りには胡散臭い笑顔を浮かべた人ばかり。
人前に出ることや、人とかかわることが大嫌いなのに、仕事となればなんだってやるのね。
さっそく、新婚一日目からむかついてきちゃった。
「ホームズ夫人、そろそろお色直しですが。」
声をかけられてはっとする。そうか。今日から【夫人】なのね。
ええ、と笑って立ち上がる。
マイクロフトはちらりとこちらを眺めて、また視線を周りの人たちへ。
「英国政府のお嫁さんも大変ですね、先輩。」
「ええ。そうね。貴方もそのうち、こんな感じになるのよ」
「まさかシャーロックが結婚式?死んでもいやだって言うでしょうね。」
「私はガゼルのウェディングドレス見たい」
「やだなぁ。MI5の裏ボスに渡すの。」
「元、裏ボスよ、今日から英国政府の奥さんだもの。」
「なるほど。前より権力を握りましたね。」
近づいてきて、手を差し出したのは昔、何度か仕事を一緒にした女性。
勿論、彼女がまだアメリカにいた時の話で、現場で色々やってた彼女を
サポートする側にいたわけだけど。いつだか帰ってきましたーなんて聞いて
そのうち、先輩の許嫁ってマイクロフト・ホームズですか、なんてメールで聞かれて
そして、シャーロックと付き合ってるんですけど、なんて聞いて
・・・・・未来の妹になるなんて思ってなかった。まだだけど。いや、可能なのか分からないけど。
てくてくと大勢の中をこっそり抜け出すように歩く。
大きな庭いっぱいに、大勢の人。遠くで「花嫁はお色直しですので」なんて声がする。
誰も聞いちゃいないわ。だってこれは『私のために気軽な二次会を』ってことで
庭でやってるお茶会みたいなものだもの。誰のための結婚式で、誰のための二次会なのかしら。
屋敷に入ると外と打って変ってしんと静まり返っていた。
「いい奥さんなんかにはなれそうにないわ。」
メイドさんが扉を開けてくれて、私とガゼルが中に入る。
手伝いを呼んでまいります、と一礼してメイドさんが出て行ってため息。
「先輩なら大丈夫ですし、文句を言わないのがいい奥さんなんですかね。」
「そうねぇ。でも、前より文句は言えないわ、だってその発言が彼の首を絞めることになるでしょ?
わがままな奥さんは駄目じゃない。」
「なんだ、結局大好きだから困らせなくないわ!ってことですか。御馳走様です」
「このあたりにリボルバーがあるのよね。」
「やめてください、硝煙臭い花嫁なんて。それに拳銃なんか握らないでしょうに。」
「やり方は知ってるのよ!」
「分かってますよ。」
その細腕じゃあ無理ですよ、と笑う彼女。
全く。明日の仕事ちょっと増やしてやってもいいのよ、なんて笑うと顔を青くさせた。
彼女は政府管轄下の心理研究所にいたけれど、結局、MI6に引きこまれた。
後で聞いたら、アメリカから引き抜いてMI6に配属させたのはマイクロフトらしい。
けれど、経歴と始末書の数を見て、そう簡単に折れないのを知っていたからまずは研究所に送ったって。
「しかし、正式にMI5を辞めたってことはちょーっと違法な調べ物とかも頼める訳ですね。」
「・・・・・・・・・」
「ノーコメントですか。未来の妹が頼むんだからきっと先輩はやってくれますよね!」
「・・・・・・・・・そうねぇ、ハッキングも楽しそうだし。」
「ホームズ家はハッキングとか情報操作とか、そういうのに長けてる人間が集まりすぎでしょう。
ウィルは007と仲良しさんだし、人差し指のタップで戦争起こせるし
マイクロフトは英国政府そのもので情報操作も経歴詐称もお手の物だし
その奥さんはMI5の裏の女ボスだし。
シャーロックだけじゃないですか?そういうのに長けてないの。
「本人がいたら激怒しそうね。」
「ハッキングぐらいなんでもない!とかいいそうですよね。多分、やれって言ったらできるんだろうなぁ」
「ホームズ家きっての行動派だから、彼は。そしてその彼女は、MI6でこれからこき使われる優秀な調査員だものね。」
「やだやだ、周りが権力持ちすぎて私なんかもうこき使われるのが目に見えてて、OLはつらい!!!」
「・・・オフィス・レディは好きな銃はワルサーです、なんか言わない。」
「・・・・・・・おっと、旦那さんが近づいてきてますね、席をはずしましょう。」
「ほんとに?」
今は会いたくない、なんて一瞬でも思ってしまって
少し、ほんの少しだけ心臓がきゅって。
マリッジブルーってやつかしら。