遠くの方から、かつん、かつんと足音が聞こえる。
それはどんどん近くなってきて、とうとう玄関の前へ。
顔を上げると隣の部屋にいたと目があった。
「あら、起きたの?猫さん・・・なにか聞こえるの?」
「ただいまー。―?」
「・・・・え?ジム・・?」
ああ、あの男。
硝煙のにおいと、煙草のにおいがきつい男。
やだやだ。真っ黒なカラスみたいな目の男。
「ただいまー!」
「おかえりなさい。今日は帰って来ないんじゃなかったんですか?」
あと、香水の匂いが酷いわ。今日は。
甘ったるくて、酷い匂い。
「んー、デートが早くすんじゃって。帰ってきちゃったんだ。」
「そうですか。どうぞ。風呂場へ。」
「え?なんでー?」
「相手の方の香りが酷いですよ。」
「それやきもち?」
「いえ。くさいです。」
ええ。くさいわ。とっても。
カラスの瞳を持ってる男はジム・モリアーティ。沢山の人を従えた、群れの中のボス。
ジム・モリアーティはにぎゅーっと抱きついていたけれど
結局、に押されてシャワールームに消えて行った。
「フローラルの香りは苦手なんです。どう思いますか?猫さん」
そうね、雨の上がった芝生の香りとか、太陽を浴びた薔薇園の香りは好きだけど
人が作った香りは、それらとは程遠いから嫌い。
真似して作ってるはずなのに、程遠いのよ?大丈夫かしら。
はそれでも少し幸せそうな顔をして私の頭を何度か撫でた。
「ねぇー!ー!」
風呂場からカラスが呼んでる。
身体中まだびしゃびしゃ。腰にタオルを巻いただけ。
「はい?どうしましたか。」
「シャンプーないー!」
「・・・・・あら。えっと、替えは洗面台の下の開きです。」
「かえといてよねー」
「ごめんなさい。」
「いいよー」
多分、あのカラスはと喋りたいだけよ。
構って欲しいのね。犬みたい。
私は、肌寒くなってきたのでベッドの中へ潜り込む。
途中でとってもいいバジルの香りがしたけれど、瞼が重くて起きられなかった。
もっともっと経ってからのそのそと体を起す。
すこしお腹すいた。
キッチンへ行くと、ソファにとカラスが並んでテレビを見ていた。
「猫さん?ご飯食べますか?」
「何この猫。」
「ジムがいない間のお話相手ですよ。」
カラスはものすごくものすごく嫌そうな顔をして私の首根っこをがし、とつかんで持ち上げた。
まぁ!なんて嫌な持ち方!ばたばたと動いても離してくれない。
は笑いながらキッチンへキャットフードを取りに。
ちょっと助けて頂戴!!!
「しゃーしゃー言ってる。」
「ジムが嫌いだそうです。」
「僕も君が嫌いだよ」
私も貴方が嫌いよ!嫌な持ち方するし!!
「今日はジムがいないから、一緒に寝るつもりだったんですけど」
「殺していい?」
「駄目です。」
ことん、と床にキャットフードを置いてくれて、カラスの手から救ってくれた。
床に降ろされて、キャットフードを食べる。
「いない間の話相手って・・・・そんな知らないよ」
「・・・ああ、盗聴器は全て外しました。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「ばれないと思ってたんですか?私を誰だと思ってるんですか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・うん・・・」
「何か言うことがあるんじゃないですか。」
「しん、心配だったからだよ!僕がいない間、危険とか」
「あるわけないでしょう。」
「分からないだろ!怒んないでよ!」
「許してほしいですか?」
「・・・・・・・・ごめんね?でも心配だったんだよ?」
「・・・じゃあ今日は三人で寝ましょうね。」
「・・・・・え。」
「私と、ジムと、猫さんで。」
あら、と眠るのは初めてじゃないけれど
このカラスさんが居る時は昼間の内に出て行くから始めてかも。
いやだなぁ・・・・なんかすっごく嫌だなぁ・・・・
「嫌だよ!!」
「・・・・・じゃあ、私と猫さんで眠るので、ジムは一人で寝てくださいね。」
「嫌だよ!!!!」
「・・・・・怒ってますよ?」
「・・・・・・・・・・真ん中は駄目。僕とをさえぎるのは駄目。」
「分かりました。」
私の意見は求められないのね。でもいいわ。今夜はとっても寒いみたいだし。
結局、カラス・・私で眠ったのだけれど
はカラスさんに背を向けて、私に腕枕をしてくれていたので
次の朝、カラスさんと大喧嘩(いちゃついてるだけよ、心配しないで)してしまって、しばらくカラスさんは家から出ないと宣言。
だったら話相手は必要ないから、私はこの家を訪れる理由がなくなってしまったの。
仕方ないから、しばらくは老夫婦のところにお世話になるか、
そうね・・・ああ、あのドラゴンのところへ行ってもいいかもしれない。なんて思いながら
今日も私は尻尾を空に向けて高く上げて、ロンドンを闊歩するのです