おはようございます。ロンドンの野良猫です。
猫はいいです。気楽で、大きな音に少し驚くけど
(特にあの、獣臭くて、集団じゃないと能力を発揮できない犬の無駄な声のようにね)
それでも野良猫はいいです。自由とはこんなことを言うのです。

私はお気に入りの真っ黒い尻尾を空に上げて、今日もロンドンの街並みをぐるり、と屋根の上から眺めます。

「あら、おはようございます。」

おはようございます。
ここは、私に餌をくれる家の一つです。時々、すっごく硝煙くさい男がいます。
窓から覗き込むと今日はいないようです。
私に声をかけてくれたのは、 という女性。

「今日は、ミルクと・・それからキャットフードを買ってきました。食べますか?」

勿論!
にゃー、と声を上げて尻尾をさらに高く上げます。
彼女は私の頭を二、三度撫でてからキッチンの方へ歩いて行きました。
私は両足を縮ませて、着地点を決め、華麗に窓から部屋の中へ。
この家は、硝煙と、パセリと、ハーブと、コーヒーと、酷い煙草の匂いがします。
そりゃ私は、犬ほど嗅覚が発達している訳ではありませんが、
人間よりずっとずっと、素敵な器官を沢山持っているのです。

「・・・猫さん、貴方、泥の上を走ってきたの?」

ええ。昨日は雨でしたから。
仕方ないでしょう?私だって、泥の上は歩きたくなかったんです。
けれど、濡れずにすむ道が少なかったんですよ。
ぱたぱたと後ろ脚を小刻みに振ると、泥が少し跳ねました。

「あ!だめよ、ちょっとまって。」

は少し温めたミルクと、キャットフードを床に置いて、
急いで洗面所の方へ消えて行きました。
どうせ、タオルか何かを持ってくるのでしょう。
ちる、と一口ミルクをもらって、カリカリとキャットフードを食べる。
今日のお昼寝はここでしようかしら。

「ほら、足!」

は軽々と私を抱き上げて、足をタオルで拭き取ろうと躍起になってる。
私は、彼女の事は別に嫌いじゃないから暴れるつもりはないんだけれど
抱きかたが不安定で体が落ちつかない。

「綺麗になった・・・かな?」

ストン、と降りて私は窓際へ
は少しため息。

「またお散歩?」

ええ、昼下がりには戻りますから。

「また戻ってくるのかしら?猫さん。」

2ブロック先の老夫婦を訪ねてから、人間の子供をからかって、少し見回りして、戻ってくるわ。
できたらあの男はいない方がいいんだけど。
彼、嫌いなの。

「今日はジムも帰って来ないし、話し相手が欲しいから早く帰ってきてね。猫さん。」

やったわ。絶対帰ってくるから、ミルクとキャットフード・・・・と、タオルは用意しておいてちょうだいね。
と、ここまで言ってもきっと彼女にはにゃーにゃーと鳴く声しか聞こえないのよね。馬鹿みたい。

++++



老夫婦を訪ねると、いつもみたいに食事を用意してくれていて、さっきはあまり食べられなかったから
きちんと頂いた。おばあさんの方が私を膝の上に置いて撫でるから、丸くなって、聴き耳を立てる。
おじいさんは、なにかテレビに向かって喋っている。ちょっと怒りっぽいけど、
ここの夫婦はこれからもずっと仲良しだと思うわ。少し、うとうとしてしてから、うーん!と伸び
そろそろ次の場所へ。窓際からお邪魔しました、と出て行く。
おばあさんもおじいさんも、きっと若いころの夢を見ているのよ。

いつも私を見上げてぎゃーぎゃーと馬鹿みたいに騒ぐ小学生は今日はいなかった。
屋根の上から覗いていると、ここまで頭の悪い動物っていないんじゃないかしら、なんて思う。
一人の子をいじめてる時もある。本を持って歩いてる子。
群れの中から外される個体は、その群れのリーダーから見れば、何か異常があるってこと。
でも、群れの中から外す個体は、いつか、外されることを予想しておかなければならないこと。
特に、人間の世界はそうでしょう?動物の世界では本を読んで静かなだけの個体
・・・・・本を読む猫はいないけれど・・自己主張をしないだけで群れから外したりしないわ。

すたすたと屋根の上を歩いて、 の元へ帰ってきたのは・・2時くらいだったかしら。
窓が閉まっていたから両手でカシカシとかいてみると
パソコンの前に座っていた が気付いて、タオルを片手にやってきた。

「お帰りなさい。ミルクもう一度温めるわね、猫さん。」

ええ。そうして欲しいわ。
今度は抱きあげられずに、窓際に座ったまま両手、両足を拭いてもらって中へ入る。
ミルクをもらって、隣の部屋のベッドの上へ。
さく、さくと踏みながら、一番眠りやすそうな場所を探す。
くるくると回ってから、一番温かい場所を陣取って、おやすみなさい。
遠くから、キーボードをたたく音がするわ。
無意識と耳がそちらを向いてしまう。だって気になるんだもの