食事を適当に済まし、一応、彼の分も用意して、お風呂に入ります。
彼がいると、一緒に入る、やめてください、と面倒な問答があってからなので
今日は、ゆっくり、一人で入れます。雑誌とビールを脇に置いて、わりと広めのバスタブにお湯と
入浴剤を流し込みました。
時刻は11時40分。この分だと、帰ってくるのは明け方か、もしくは帰って来ないのかもしれません。

「そろそろ出ようかな―」

と雑誌とビールを脱衣所において、扉を閉めようとすると
がっ、と何かが閉まるのを止めました。
何か、というか一人しかいません。

「お帰りなさい!」
「あ、開けてよ!僕も入る!」
「や、やめてください!!今から、出るんです!!!」
「この時間まで頑張って仕事してきたんだよ!ちょっとぐらいいいじゃん!!!」
「のぼせます!!!駄目です!!!!」
「あっ!!」

一瞬だけ力が緩んだ隙を見て、扉を閉めてしまいます。甘やかすのは駄目です。
うっすらと向こう側に見える人影は人影だけでも分かるくらい落ち込んでいました。
ザーッと、シャワーを浴びて、振り返ると、まだそこには座りこんでる人影がいます。

「あの、」
「もーつかれたー。すっごい面倒。話通じない。頭悪過ぎ。」
「あの!」
「なーに?僕はに癒してもらいたいんだよー」
「そこにいると着替えられません。」
「どうせ、後で脱ぐんだからいいじゃん。」
「・・・・・・・。」

死んでください変態。

「うわお!酷い!」
「あ。口に出てましたか。」
「出てました。出てました。」
「スーツびしょぬれになりますよ。」

問答していてもらちが明きません。隙間から手を伸ばしてバスタオルをつかんで
体に巻きつけます。

犯罪王は狭い脱衣所に座りこんで飲みかけのぬるいビールを抱えてました。

「んー。ってどうしてそう、成長しないのかなぁ。」
「死んでください変態」
「こんなに僕、頑張ってるのに」
「ジム!」
「あ、痛い、やめてよ!」
「出てって下さい!」

雑誌で頭を殴りつけながら脱衣所からの撤退を強制的に申しつける。
こうでもしなきゃ出て行かない。
頭を拭いて、キャミソールとロングのスウェットに足を通します。
セントラルヒーティング完備といえど、お風呂上がりに冷えるのはいただけないので
ガウンに袖を通してキッチンへ。

「これ、君が作ったの?」
「ええ。口に合いませんでしたか。」
「いや。おいしいよ。わりと。」
「わりと。」
「うん。わりと。」
「良かったです。」
「先にベッドで待っててねー」
「ええ。風呂で溺死してください」

といいつつ、ベッドルームへ。
ガウンはその辺りの椅子にかけてベッドにもぐりこみます。
一日で一番安心できて幸せな瞬間です。
明日はちょっとした仕事があるので一日中パソコンの前でにらめっこしなければなりません。
読みかけの小説を何処まで読んだか、とペラペラ、めくっている間に
どうやら私は眠くなってしまったようで。そこから、あまり意識がありません。

+++

延長戦

息苦しい、重い。なんか体が動かない。
と思って両手で其の何か重いものをどかそうとすると
暗闇の中でさらに暗い瞳とぶつかりました

「・・・・・・・・・・・・じむ・・・・」
「あ。起こしちゃったー?起こすつもりだったんだけど、でもできたら起きててほしかったなー」
「・・・・・う・・すいません。起きてるつもりでした。が、寝ちゃいました」

するり、と這わされた手に背筋にぞわぞわと何かが走ります。

「いいよー、今から頑張ってくれたら。」
「頑張れません・・眠いです。」
「でもしっかり覚醒してるでしょ。」
「ジム。私、明日仕事が」

「言うこと聞きなさい。」

低い声が直接耳元でささやかれると、どうも体が動かなくなるので困ります。
これがこの男の危険な理由でしょう。

「愛してるよ、。」

この言葉を何人の女性に囁いて、そして何人の女性を殺してきたんでしょうか。

「ね、は?」

どうして私にここまでこだわるのでしょうか。
考えよう、とするにも見た目よりずっと高い体温を持った掌が
身体中を撫でるのでどうも正常に頭が回りません。
声が漏れそうになって、こらえます。

「どうしたの?いいよ、声聞きたい。」
「貴方は、何人に、そう言った・・・言葉を・・ささやいてっ・・来たんですか」
「沢山。これからも、きっと沢山に囁く予定。」
「最低です。」
「でも今のところはが一番。」
「光栄です。」
「可愛いもん、」
「悪趣味です。」

薄く開かれた唇が落ちてきて、必至に応えます。
正直、彼との関係は心地よくて仕方ありません。
人は、いつでも誰でも愛されたい生き物なのです。

「愛してる、今のところ、一番大事。」
「愛してくれてる間は、大好きです。ジム、だから大事に扱ってください。」
「じゃないと逃げる?」
「ええ。勿論。大切にしていただかないと困ります。」
「逃げたら見つけて殺してあげる。」
「その時に、貴方の泣き顔を見ることができたら、本望ですね。」
「僕は泣かないよ、涙はママのお腹のなかに忘れてきたんだ。」
「どうでしょうか。泣きかたを思い出すかもしれません。」
「もう、黙りなさい。」
「・・ふっ・・・あ、はい。」

明日の仕事は背中に新しいクッションを挟んで行うことになりそうだ。
ああ。しまった。彼の分も買ったって言うの、忘れてた。
まぁ。いいか

闇はゆっくりと確実に、私の体温を上げていきます。