部屋中にある仕掛けをして、いつ犯罪王が来てもいいように。
隠れ家にあった家具は全部、ある場所に移しました。
今、メインで使ってる部屋も、今日で携帯と充電器とベッドしかなくなる予定です。
最後の段ボールをガムテープで閉めて、うーん、と伸びをします。
そう言えば、一週間くらい太陽を浴びてないような気が・・・・。
あの、ジム・モリアーティから最後のメールが来て1週間。
その後、彼からの接触はぱたりと無くなりました。
掲示板のソースも、携帯にも。
彼についての情報を集めたけれど、4人殺した後(殺す方法を提供した後)仕事を受けていないようで音沙汰なし。
彼が大人しいと言うことは、その間はロンドンが平和ということですが
彼が大人しいと言うことは、大きな犯罪を動かそうとしていると言うことでもあります。
しばらくは危ないから部屋の中に引きこもって(もとより、引きこもりがちですが)身辺整理を進めていました。
今日で一週間。殺すのも捜すのも向こうの方が一枚上手ですが
生き延びることと、逃げ消えることは私の方が一枚上手です。
つまり、一週間では見つからなかった、ということで、一週間は逃げ伸びた、と言うことになります。
だけどそう安心も、してられません。
死ぬ前においしい紅茶とタルトくらい食べたっていいでしょう。
最後まで死ぬつもりはないけれど、覚悟くらいはあったほうがいい。
もちろん、暗殺者だろうが、犯罪王だろうが、人間なんだから、勝ち目はあります。負ける気もありません。
私は、ある業者に一本電話を入れて、段ボールの処理を頼み、
一番お気に入りのニットの赤いワンピースを着て、久しぶりにフルメイクを施します。
携帯、財布、ipod、ポーチを鞄に放り込んで
お気に入りのパンプスに足を入れました。
コートを羽織って、一週間と6日ぶりに太陽の下へ

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「生きてて良かった。あの後、捜したんだけど全く見つからなくてさ。
やっぱり神様は僕に味方してたみたいだね。こんなところで会えるなんて。
音沙汰なくなるし、裏社会でもぱったり動かなくなるもんだから
僕が見つける前に誰かに殺されちゃったのかと思ったんだよねー
誰も顔を見たことがない、本名も知らない、噂では女だけどそれも本当か分からない。
ってなると僕でも見つけるのに苦労したよ。ただ、隠れ家なのか家なのか分からないけど
このあたりが怪しいって何処からともなく噂で聞いて。僕自身がこんなに一生懸命になるのは君くらいだよ?
いや、ほんとだって。その顔やめてよ。ほんとだよー?あ、タルト来たよ。
紅茶はなに飲んでるの?あ、フルーツティか。いいね。僕は嫌いだけど君には似合う。
手首が動かしにくい?うーん。それは外してあげられないね。外したら逃げるだろ?」

コートを羽織って一週間と6日ぶりに太陽の下に出たら、
ジム・モリアーティに見つかりました。
最近できたケーキ屋さんに入って、逃げやすくて見つかりにくい位置の席に座って
10分で見つかりました。しかも背後から来て、手錠までかけやがりました。
左手と椅子が繋がってて、すごく、すごく動きにくいです。
これって他人だったらどうしたんだろう・・・。
ジム・モリアーティは「みーつけた」の一言からずっと喋りっぱなしです。
私は反対に一度も喋りませんでした。猫舌だから淹れた紅茶の湯気が収まるのを待っていたのです。
有名ブランドのスーツ。思ってたより、というか噂より若い印象。真っ黒の瞳。
ああ、この瞳が人の心に住みつく視線を生みだすんだなぁ。なんて現実逃避
彼が頼んだコーヒーが来て、やっと彼は黙りました。

「・・・・・・・・・・」
「ねぇねぇ。これから一緒に住むんだからさ、」
「は?」
「いや、そうでしょ?僕は君が好きだし、君は仕事に困らないし、僕が生活面は面倒みてあげるよ?生活どころか仕事も全部。」
「は?」
「あ、大丈夫大丈夫。顔は好みだし僕、仕事ではどんな女性も抱くけどさ、好みはスレンダーな人だから。」
「あ?」
「・・・・怖いよ、ちょ、あの、フォーク握りしめないで、冗談冗談。」

彼は全く怖がっていない様子で笑っています。スレンダーとはいい度胸ですね。好きでこの体型な訳ないでしょう!

「ね、ここで死ぬのと、僕に飼われてそれなりに裕福な時間と楽しい仕事をするのと、どっちがいい?」
「笑いながらいうことじゃないですね。」
「あ、やっと喋ってくれた。声可愛いねー」
「・・・・・ああ、でも、私、その狂った笑い方も、混沌とした瞳も好きですよ」
「・・・・・・・いい子だね。」

嫌味も全く通じない。彼は満足したようにコーヒーを一口。
この男と出会ったしまった時点で、
この男の人生と関わってしまった時点で、
私に逃げ道などないのです。

「とりあえずこの手錠外してくれませんか?」
「逃げない?」
「もう、逃げ道がありません。貴方の後ろ、三つ後ろの席に一人、
右のビルの屋上に一人、向かいの路上駐車してる車の中に一人。
合計3人の暗殺者をかわして逃げるのは至難の業です。」
「ふーん。良くわかったね。いい子いい子」
「生き延びることが重要不可欠ですから。」

彼は私の頭を子供にするように撫でた後、何処からともなく銀色の鍵を取りだしました。
椅子に繋がっていた部分だけ外して銀色のわっかは彼が握りました。
結局左腕は手錠に繋がったままです。なんだか犬をつなぐロープを握るような感じで不服です。

「ちょっと、離してください。」
「やだよ、逃げるかもしれないだろ?」
「鞄の中、にあるものを取るだけですから。それに私、銃も使えなければ武術?とかも全くです。
撃たれたら死にますし、痛いことは嫌いです、大嫌いです。私の武器は私の技術だけですから。」
「敬語やだなー」
「申し訳ありませんが、癖なのでどう仕様もありません。」
「そうなの?敬語キャラってことなの?ふーん犯罪者何だから上品ぶっても意味ないと思わないの?」
「犯罪者だからこそ、上品ぶってるんでしょう?貴方も。ほら、離して下さいよ」
「・・・・・いいね。ホント、いい性格してる。嫌いじゃないよ。向こう見ずな性格」

要は、馬鹿だ、というようなことを言いたいのでしょうが、
彼にとって、周りにいる人間は皆、馬鹿なんでしょう。
もう一度、講義するように左手を振ると、しぶしぶ、と言った様子で彼は持っていた手錠を離してくれました。
私は足元のかごに入れていた鞄を取り出して中から赤いボタンのスイッチを取りだしました。。

「それ、なぁに?」
「こうするものです。」

カチ、とボタンを押すと
背後でドン!と大きな爆発音。

「情報屋は証拠を残してはいけません。貴方がもしあそこに訪ねて来ていたらあれに巻き込まれてるところでしたね。」

騒ぎ出した店内、叫び声と野次馬が動き出します。

「っ・・・あは、っ・・・あはははははははは!いいね!君も十分狂ってる!」

次々と立ち上がる人々。雑踏。

次の瞬間には、そのテーブルには誰もいません。
冷めた紅茶と食べかけのタルト。
代金のドル札は風で飛ばないように、コーヒーカップの下へ。
お釣りは結構。ここに座っていた客はもう来ることはないでしょう。
タルト、おいしかったんだけどなぁ。
最後まで食べればよかった。