「シャーロック、おなかすいた」
「・・・・・・・・ん・・・?」
「しゃーろっく、おなかすいた!」
「・・・・・るさい・・・・だ・・まれ・・」
「おきてよシャーロック!」

心地いいまどろみの中に居たのに僕の体を半ば叩くようにゆすられ目が覚めた。
拗ねたような高い声は僕の名前をまだ呼び続けている。
だが起きる気はあまりない。僕は彼女に背を向けてもう一度シーツをかぶりなおした。

「シャーロック、おきておきておきて」
「うるさい」
「おなかすいた」
「キッチンに何かあるだろう。」
「そういうのじゃなくて」
「冷蔵庫に血液パック」
「そういう・・のだけどそういうのじゃなくて」

の言いたいことは分かってる。

僕の血が欲しいんだ。
しばらく無視し続けるとは諦めたのかベッドにもう一度もぐりこんだらしい。
もぞもぞと隣で動く
「・・・・シャーロック、」

さっきとは打って変わって甘い声が耳から入りこんだ。
いつの間にか僕の腕の中に入り込んでいたが僕の首に腕をまわして呟いた。

「っ!」
「おねがい」
「やめろ
「どうして?だめ?」

細い指先で僕の頬を撫でる
頬を撫でて、顎へ行きついて、唇を描くように触れる。
耐えきれなくなって僕は起きあがった。

!!!」

「だってお腹すいたんだもん仕方ないでしょ!!!」

少し怒ったように声を荒げるとも眉を寄せて起きあがった。

「わ、わかった!分かったからその変なのやめてくれ!」
「変なのってなによ!立派な能力の一つよ!」
「全く効かない」
「嘘つき」

吸血鬼は男女問わず相手を誘惑することに長けている。
長けている、というよりどんな人間でも堕落してしまう能力を持っていると言われている。
は怒りながら僕の膝の上へ移動した。

「力抜いてて」

のしかかってきて耳元にキス。
食事をするのにそう言う行動は無駄と言えるし逆に身体に力が入ってしまう。
首筋を舐められる感覚にはなれないし、行き場のない腕をの背中にまわすと耳元で少し笑う 声が聞こえるのも癪だ。

「っ」

痛くはないが刺激はある、と言ったらいいか。
詳しいことは分からないが一時的に麻痺しているのではないかと僕は分析している。
吸血鬼の能力と脳内物質の分泌には関係がありそうだ。
だが、いつもこの行為をする間に考えようとするのだが、頭がだんだん回らなくなってくる
ふわふわして、視界が揺れて、彼女の体温や声や衣擦れの音がやけに大きく高く感じられる。

「は、ぁ。」

背中を駆けあがる感覚は嫌悪すると同時に快楽として認識されてしまう。

「おいしかった。ごちそうさま」
「・・・・僕の上からどけ」
「・・・・・・・・シャーロック」
「早く!」
「当たってる、んですが」
「煩い!君のせいだ!どけ!!!」
「ごめん、ごめんね?あの、ごめん」
「わかったらどけ!」
「責任取る、から」

食事が終わった後のはいつもこうだ。
急にしおらしくなってごめん、ごめんと言い続ける。
僕も怒るに怒れなくなる。まさかこれも計算なのだろうか。
膝の上に居るを下に転がしながら考えた。
が、今はどうでもいいかもしれない。

「ごめんね、シャーロック」
「いいから少し黙ってくれないか。」

が来てから寝室のカーテンは厚手の遮光カーテンに変えた。
が来てから寝室のドアは閉めるようにした。
きっとロンドンの街並みは爽やかな朝を迎えているだろうし、 ジョンもそのうち起きてくるだろう。
だけどこの部屋にはロンドンの朝日も、ジョンの淹れるコーヒーの香りも届かない
まるで吸血鬼の眠る、棺桶のようなものだ。
赤く染まってく白い肌を追いながら僕は考えるのをやめようと思った。