朝、窓の大きな作りになっているこの屋敷で、真っ白のソファに座って、
淹れてもらったコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいるとタップするような軽い足音が近づいてくる。
私が顔を上げたのが早かったか、彼が後ろから私の顎をつかんだのが早かったか。

「おはよう

私はその言葉に小さく笑う。
私が飲んでいたコーヒーをチャールズが持って行ってしまうから、
私はいつも自分でキッチンへ向かわなければならない。

黒塗りの車がやってきて、彼を連れて行ってしまう。
ここには何もない。何もないことはないけれど。やることがない。
家事は全て口の堅いハウスキーパーがやってしまうし、
外に出ようにも車もない女の足じゃ何処にも行けない。
だから私は一人、映画を見る。壁いっぱいにスクリーンを出して、一人で楽しむ。
画面の中では人が死んでいく。
人って言うか、ゾンビ。
ああまでなって生きていたくないわ。

「ずいぶんと怖い映画を見ているようだね」

彼の香りが帰ってきた。
まだ日は高いのに、社長様はあまりやることがないのかしら

「そんなことはないよ。 の顔が見たくなったんだ」

嘘ばっかり。なんとなく、気まぐれで帰って来たのよ。
でも広い家に一人じゃ寂しいから、少し嬉しくて笑うと彼も少年みたいな顔で笑う。
私の髪を撫でながらちらりと画面へ目線をやる。
スクリーンには銃を持った女が次々とゾンビを倒していく様子だった

「ああいうのを見ると」
「思い出すのかな」
「君がまだ声が出て」
「君が包丁を握って」
「一家全員殺して回ったのを」

私は笑った。

「私は の笑顔が大好きだ」

だから私はよく笑うのよ、チャールズ。
そして私の頭を引き寄せて香りを吸いこむように深く深く息を吸った。
私は彼の長い脚の上に身体を預ける。
まだ銃声は止まない。

、君の声が聞きたいな」

そんなことを言われたって、私の声は出ないんだもの。
一生懸命口を動かしても、喉からはかすれた空気しか聞こえない。

「何かが欠落しているから美しいのかもしれないな」
「心も」
「身体も」
「君は狂っているからね、
「きっと、血を浴びた君は実に美しかったことだろうに」

耳をチャールズの舌が、形を確かめるようになぞって行く。
下へ下へ、降りていって、首筋へ。
私はゆっくり彼と少し距離をとって彼の眼鏡をとる。

がぼやけてしまうからね。返してくれないかな」

返す代わりに彼の唇へキスを落としてあげた。
細くて繊細な指が私の顎を捕まえる。

「悪い子じゃないか

そうやって私と彼は秘密を共有した子供みたいにくすくす笑うの。
チャールズはいつだって殺せる。
キッチンは入れるし、キッチンに入らなくたって、ボールペンがあればこんな男、すぐに殺せる。
きっとこの白いソファが彼の血に染まったらきっときっと、とっても素敵だわ。
想像するとゾクゾクしちゃう。

「君の声を聞いた人間は、もう一人も残っていないんだったね

家族を全員殺した後、自分で喉を切り裂いたから。
私の声は神様へ返してあげたの。欠けた心を残す代わりにね。

「君の圧力点はまだ見つからない。困ったな。」
絶対に困ってないわ。
チャールズが私の服を溶かすように脱がしていくのを眺めながら
彼が私の手によって殺されるところを想像して
私はまた笑った。
大好きよ、チャールズ。だいすき。あいしてるわ。
声に出せないのが、残念よ