だるい、うるさい、体が動かない。
それでも人の雑踏の中で、俺は目を開いた。
響くアナウンス、雑踏、制服姿の女性がカツカツと歩く中。

「・・・・・・何処だここ」

目を覚ますと俺は、空港のベンチに座らされていた。

++++

おかしい。俺は任務でマイヤミにいたはずだ。
なんで、てかここどこだ。とりあえず英語圏内か。
妙に体がだるい。徹夜続きや環境の悪いところで過ごしていた故の
睡眠不足をひいたとしても、体が不調なのは分かる。
半袖。すげー寒い。

様、 様。インフォメーションセンターまでお越しください】

綺麗な声で俺の名前が空港内に響き渡った。
案内所?適当に美人を捕まえて、案内所までの道のりを聞く。
ついでに電話番号聞けばよかったが、携帯も財布も銃までない。
コートもない。というか身、ひとつだ。
職業上、私物を一切取られて、見知らぬ場所で目を覚ますと
縛られてるか、死にかけか、どっちかなんだが
今回はどっちでもない。強いて言えば、すごい寒い。

「あのー。 、ですが。」
「お電話がかかっております。」
「あ、どうも・・・つかぬことを聞きますがここ、何処ですか?」
「・・・・・・・?」

キョトンとしたグリーンの瞳に、とりあえず出来る限り困ったように笑ったら
少し微笑んで「イギリスです」と答えてくれた。
知らない間に故郷に帰ってきてた。いやだな、夢遊病だったら。
電話に出ると、遠い昔に聞き覚えのある声。
流暢なイギリス英語。なんとなく、記憶より歳を取った声。
あの傘を持ちあ歩くイギリス紳士。

「・・・・・・どういうことですか」

電話口の向こうに俺は呆れて言い返す。
彼はしきりに「不本意だが」を繰り返していた。
こっちだって不本意なんだけど。

「・・・・・・・・・・・・・はぁ。」

どうやら俺はアメリカ政府に結構な額で売られたらしい。
俺、今日からMI6所属の諜報員になります。

++++

イギリスは基本的に天気が悪い。そして基本的に寒い。
マイヤミから起きたらイギリスなんて馬鹿みたいだ。
そして半袖でうろつく俺も馬鹿みたいだ。
だけど、仕方ない。財布ないし。携帯もないし。さっきの電話は切れた後
電話かからないし。どうせあの男のことだ。監視カメラでも使って
俺を嘲笑っていることだろう。
とりあえず指定されたフラットの前まで来た。
・・・・・・・死にそう。寒くて。
道には「Keep out」の文字が並んでいる。
人は多く、どうやら警察らしい。

「・・・・・・・・あー、ちょっとアンタ。なにしてるの?」

とりあえず、フラットの前の垣根に腰をおろしていると
スーツ姿の女がこちらへ向かって歩いて来た。

「・・・・あー・・・人と待ち合わせてまして。」
「こんなところで?」
「あ、はい。」
「身分証は?」
「ないんですよね」
「携帯は?」
「ないんですよねー」
「財布は?」
「それもまた、ないんですよねー」
「・・・・・・・ここで今日、なにがあったか知ってる?」
「知らないです」

が。見りゃ分かる。死体が出たんだろ。
うろつく警官見てれば、強盗なんかじゃなく、死体が出たんだろう。

「死体がでたの」
「え!そうなんですか」
「で、あんたは全く自分の身分を証明するものを持ってない」
「それは関係ないでしょー」
「昔からこう言うのよ」
「あー予想は着きますね」
「「犯人は現場に戻る」」

がしゃん、と俺の手首に手錠が回され、半袖姿の俺は目の前の女性警官に掴まった。
名前は、ドノヴァンさんらしい。

「いやー。俺、めっちゃ怪しいんですけどね、全然怪しくないんですよ」
「はぁ?」
「信じてもらえないと思うんですけど、起きたらマイヤミからイギリスに来てて」
「ちょっと黙ってそこにいて。上司呼んでくるから・・・ちょっと!この男見てて!」

パトカーの前で手錠されて、捕まってる俺。
どっからどう見ても怪しいだろ。身分証ないし。
どうすっかなー手錠外して逃げるかな―でもなー
なんて考えていたら、黒塗りの高級車が「keep out」を越えてやってきた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 、」

車から降りてきたのは何処の金持ちだと思ったら
知っている金持だった。目を丸くする彼女の隣にはくすんだ金髪の男性。
それからスーツケースを片手に持った女性。
きっとスーツケースを持った女性は政府関係者だな。
いや、それより

「・・・・シャル、それ、彼氏?」

言い方がまずかった。「久しぶり。」とか「よ!」とか
せめて「・・ごめん」とか色々あっただろうけど
久しぶりに会った彼女が、知らない男と車から降りてきたらそれなりに焦る。というか焦った。
そして彼女、シャーロット・ホームズは、カツカツとヒールを鳴らして歩いてきて、両手が使えない俺に
平手打ちをかましてきた。

「っ!!!!!!!!」
「君は馬鹿か!いや!!!!馬鹿なのは知っていたが!!!それでも!!!!!!!何かあるだろう!!!!!!!
そもそもなんでここにいる!!!!電話ぐらいしろ馬鹿!!!!!!!!」
「いや、電話したかったんだけど」
「馬鹿だろう!馬鹿が!!!!!!!!!!」

馬鹿しか言われてない。ものすごく焦ったように小走りでついて来た男性は、どうやら軍人上がりの医者らしい。
陸軍の軍人は、特徴的な歩きかたするからなぁ
そして。

「こんにちは。Mr.。これ、マイクロフト・ホームズからのプレゼントです」
「・・・・・・・・うーん、いらねぇ・・・とか言ったら」
「凍死しますよ?」
「ですよね、頂きます。」

ニコニコしてスーツケースを軍人さんに渡すと、彼女は踝を返して車に乗り込み、颯爽と帰って行った。
無言で下を向いてるシャーロックと、手錠をかけられている俺と、スーツケース渡された軍人さん。
どんな組み合わせだ。

「あー・・・・僕、ジョン・ワトソンです。あなたは?」
「あ、です。どうも・・でいいです」
「僕もジョンでいいよ・・・あの。シャーロットとはどんな関係で・・・?」
「それは俺も聞きたいんですけど、その前にスーツケースの中からコート出してもらえません?」
「あ・・・でも手錠」
「は外しました。」

からんと音を立てて手錠がアスファルトの上へ。慌てた若い警官が寄ってきたけど、
お構いなしにスーツケースを開けてもらってコートを羽織る。
あー、ほんと、凍傷になるわ。
ケースの中には、愛用してた銃と、財布と携帯と。
それから、新しい身分証明書。

「・・・あの、シャーロット?」

地面を見つめたまま俺の前で動かなくなったシャルに声をかける。
彼女は動かない。ブルネットは相変わらず、癖毛でふわふわしている。

「・・・・・・あー・・・ごめん。俺だって何が何だか分からなくて」
< 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・」
「だから泣くなよ、俺、殺される」

思いっきり唇をかみしめて、ぱたぱたとそれなりに涙を流す彼女はすごくレア。
軍人さんも驚いたように、俺の顔を見てくる。
とりあえず、とりあえずだけど、抱きしめておく。
男ってこういうもんだが、やっぱり長年会ってなかった彼女を抱き寄せると
生きてて良かったなぁ、なんて思ったり。
彼女はドノヴァンさんが降りてくるまで、一言もしゃべらず、俺の腕の中にいた。