大学の理系に一人変な同級生がいると言うのを噂で聞いたことがあった。
どうやらスポーツ万能で
どうやら高身長で
どうやら天才で
どうやら秀才で
どうやらそれなりのハンサムさんらしい。
教授さえうならす論理を持ちだし
教授さえ負けを認める知識の広い男らしい。
ここまで聞くととてもとてもモテそうなものだけど
彼は、とても、とても
性格が悪い。とのことだ。
ジェシカが楽しそうに話すのを半ば聞き流して
ランチのパスタを一口。
なんせ彼は人の話を聞かない。
なんせ彼は人をばかにする。
なんせ彼は人を怒らす天才のようだ。
私は文系で全く持って出会う機会がないので
噂好きの彼女の話をただ、ひたすらに聞いていた。
ランチのおともに、聞いていた。
それが丁度、二週間前の話だ。

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最近寒くなってきたなぁ、と思いながら何冊かの博物館資料を手に取る。
広い図書室はほとんど誰もいない。
広すぎて人の気配なんてあってないようなものだった。
4冊ほどとって、悪あがきと言えば悪あがきだけれど
少しでも日差しのあたる窓際の席に座る。
手元のライトをつけて一冊目を開く。
空気は冷たくて冬の気配が刻一刻と近づいているけれど
日差しはとても優しくて温かい。
骨董品と博物館の写真が並ぶページを眺めながら
ふわふわと、眠気が襲ってきた。
今日の授業はもう終わっていたので
少し眠ってもまぁ。大丈夫か、なんて思ってしまったのが運のつき。
目が覚めると、辺りは真っ暗で、
手元のライトがやけにはっきり煌々と付いていた
ぞくっとするような寒さ。
どうやらひと眠りしてしまったらしく慌てて携帯を取り出す。
時間は、21時。
誰か見回りとかするだろう!と憤りながらも暗闇の中で鞄を持って立ち上がった。
手さぐりで何とか扉が見えてきたところで、扉がきちんと閉められていることに
あまりにも嫌な予感しかせず、それでも小さな希望を胸に扉に手を伸ばすと

「忠告すると、 開いていない。」

暗闇から静かな声が聞こえて体がびくり、と反応して
小さく悲鳴を上げてしまった。
鼓動が急に早まって
思わず、扉を背に辺りを見回す。
大分と目が慣れてきたところで、カウンターの奥で何かがぼんやり光っているのがわかった。

「・・・だ、だれ・・・?」
「君と同じように閉じ込められたものだ。」
「・・・・え・・・あの・・」
「奥の資料室にこもっていたら時間が過ぎていた。君は2時頃、この図書館に入ってきて、それからすぐに眠ったのか?
文系・・・社会系?いいや、民俗学か?なににせよ、間抜けだな。」
「そんなのなんでわかるのよ!」

と答えつつもこの男がなんとなく誰かは予想し始めていた。
たたみかけるような声と、見透かしたような、見ていたようなその物いい。
ゆっくりと近づくとどうやら小さなライトを当てて本を読んでいたらしい。
高身長で綺麗なブルーの瞳。
二週間前に聞いたばかりの、あの

「シャーロック・ホームズ・・??」
「・・・・・・・驚いた。なんで知ってる。どんな推理をした?どうして僕の名前がわかった?僕は君の事は知らない。
民俗学専攻で、昨日はあまり眠っていなくて、今日の授業は2限までだったためにレポート製作をするため図書館を訪れたことくらいしかわからないな。」
「ああ、あなた意外と有名なのよ。私は
「結構。僕は人の噂なんかどうでもいいし、君もどうでもいい。」
「・・・そう。でも良かった。学年1の変人といえど、この暗闇の中で一人よりマシだわ。どうやってここから出る?」
「図書館の出入り口はそこだけだ。もう施錠してある。どうせ警備員は部屋の奥まで確認せずにある程度見て帰ったんだろう。
君が眠っていたのは奥の窓際だったし、僕も資料室に入っていた。
さっき、携帯で警備員室に電話したけど誰も出なかった。
夕食を買いに出たか、眠っているのか。だけどどうやら警備員は酒癖の悪い男みたいだから酒を買いに出たんだろうな。
もう十分したらもう一度電話してみてもいいが泥酔した警備員が役に立つかわからない。」
「色々、聞きたいことがあるんだけど?いいかしら?」
「・・・・・・・・・まぁ。暇だし、いい。なんだ?」

立て続けにそれはもう予想とか推理とかいう範囲を越えてるだろ!!
と言いたいが、この寒い暗闇の中で唯一の人間と口論する気は毛頭ない。
私は一瞬、次の言葉を考えたものの
やはり、頭に浮かんだ言葉を発した。