ロンドンの冬は寒い。とてつもなく寒い。
彼の家に向かう前にスターバックスでキャラメルカプチーノを二つ購入した。
それから、とメニューを見ていて、そう言えば同居人もいるのかと思って
もうひとつコーヒーを頼もうとしたけれど、どんなのが好みかわからなくて
悩んだ挙句、キャラメルにしておいた。
ついでにクッキーの詰め合わせ一袋と、チョコレートクッキーを3枚購入。
それから花屋の前を通ったら牡丹の花が並んでいた。
腰の曲がった気のよさそうな老人が店の奥から出てきて
牡丹ですか、と聞いたので
冬に咲く花なんですね、と言うと
にっこり笑って頷いた。
一輪でも良かったけれど、三輪包んでもらって
彼の家を目指す。



深いグリーンの扉を、こんこんと二回ほど叩くと
パタパタと小さな足音が聞こえてきた。

「おはようございます、ハドソンさん。」
「あら、 、いい朝ね。。」
「これ、コーヒーショップのクッキーです。」
「あら、ありがとう。」

ほころんだように笑う彼女は歳を取っても少女のようなかわいらしい人だった。
クッキーの袋を渡して階段を上る。

「あ、まだあの人は寝てると思うわよ。」
「ええ。もしくは眠っていないでしょうね。」
「あらあら。そうね、昨日も夜中までドタバタしてたもの。そうだわ、何か淹れようかしら?」

気のきく彼女は階段に登りかけた私を見上げてそう言った。

「コーヒー、買ってきました。今日くらいハドソンさんが朝ゆっくりしたって
怒られないでしょう。彼が何を叫ぼうと何もしなくていいですよ。」

ふわりと笑って彼女は奥へと引っ込んだ。
カプチーノは少し覚めてしまったけれど
私は猫舌だし、彼は何かと文句を言ってなかなか飲まないから
冷めたって問題は無い。
ただ、その同居人が熱いコーヒーが好きだったらどうしよう、と思いながら
それでもあの変人の同居人なのだからとっても変人か、とってもいい人かのどちらかだろう。
ノックはしない。
扉を押すとすんなりと開いた。
中へ入ってクルリと見回す。
壁に貼り付けられた地図と、新聞の切り抜き、机の上に積み上げられた本、新聞、
捨てられていない灰皿にたまった煙草、、死人のようにソファに小さく丸まっている彼。
どうやら同居人は別の部屋にいるらしい。
キッチンを覗けば洗い物が溜まっている。
コーヒーは冷めるだろうなあと思いながら
私はまず花瓶を探すところから始めた。