ある深い深い森に大きなドラゴンが住んでおりました。
ドラゴンは森の奥でひっそりと暮らしており、人里にはけして降りず、ただ静かに独りで暮らしていました。
ドラゴンは静かに暮らしていたのに、人はそれを良くは思っていませんでした。
ある夏の日、大きな大きな嵐が、人里を襲いました。
大雨が降り、風が吹き荒れ、湖が溢れ、人が、大勢死にました。
誰かが言いました「あのドラゴンのせいだ」
誰かがそれに答えました「あのドラゴンを倒そう」
そして誰かが言いました「そうしよう。」
しかし、長老は静かにいいました。
誰が倒せるのだろうか。ドラゴンは古い昔からあの森に住んでいて、我々では太刀打ちできない。」
そしてまた誰かが言いました「いけにえを出せ」

こうしてある女性が生贄に選ばれました。
女性は、王室に仕えていた女騎士の家系の娘でした。
王様は、娘に言いました。「いってドラゴンを沈めてくるように」と
娘は頭を深く下げ、ドラゴンの元へ行くことになりました。
太陽が昇り、月が沈み、四日目の夜。
娘は純白のドレスに身を包み、漆黒をまとった馬に乗せられ、森の中へと連れて行かれました。

娘は、ずっとずっと黙っていました。

森の真ん中まで来ると、娘はたずなを自分で持ちました。
娘は静かな声でこう言いました。

「ここから先は、自分で参ります」

「いつドラゴンが出てくるか分かりませんから」
「どうぞ気をつけてお帰り下さい」

使いは森が怖くて怖くて仕方がなく、娘がそういいだすのをそっと待っていたのでした。

「それでは私は帰ります」
「貴方の事はけして忘れません」
「王国を上げて貴方の事を語り継ぎます」

そう言って使いは、逃げるように森を去って行きました。
娘は、使いの背中が見えなくなるのを確認して、ため息をつきました。
娘は賢い子でした。嵐がドラゴンのせいではないと知っていたのです。
馬を少し進めて、娘は木の洞で身を休めました。
このままドラゴンが来なければ、盗賊がきて身ぐるみをはがされ殺されるか、餓死するのが見えていました。
娘は、娘の家に代々続く、白銀の劔を抱えていました。
劔の鞘には宝石がちりばめられ、それはそれは美しいものでした。
なので娘が盗賊を倒してしまう方がずっとずっと可能性は高いのですが、
娘はもう死んでしまってもそれはそれでいいかもしれないなぁと考えていたのです。

何度か太陽が昇り、何度か月が沈んでゆくなか、馬を連れて、娘は森を進みました。
すると、目の前には崩れかけの神殿跡がありました。
どこもかしこも崩れているように見えるのに、扉はしっかりと閉まっているのでした。
そこは、昔からドラゴンが住んでいると言われていた神殿でした。
娘は扉を開けようとしましたが、魔法の力で閉められていました。
娘は段々と腹が立ってきました。
お腹がすいているのも、ドレスが汚れてしまったのも、
馬に水を飲ませてやれないのも、全部全部ドラゴンのせいだと思い始めました。
娘は、劔を抜くと、大きな扉に向かって斬りかかりました。
すると魔法の力が少し弱まります。
娘はドレスをひるがえし扉に蹴りを入れました。そして大きな声でこう言ったのです。

「出てきなさいよ!!!!!!!!!!!!!!」

娘の声は神殿中に響き渡りました。
すると大きな扉がぎいと音を鳴らしてゆっくりと開いていきます。

「こっちはお腹すいてるのよ!?」
「さっさと食べてくれたらこんな思いはしなくて住むのに!!!!!!」
「何をしてるのよさっさと出て来いドラゴン野郎!!!!!!!!!!」

娘はずんずんと神殿の中を進みます。
静かに暮らしていたドラゴンは驚きました。
そしてどうすればいいか考えました。

自分のことを恐れる生き物は多くいても、自分に向かって怒りだす生き物をドラゴンは始めて見たからです。
ドラゴンは飛び立ってしまおうと翼を広げようとしたとき

「見つけた!!!!!!!!!」

娘は鞘に納めたままの劔でドラゴンの翼を抑えました。
ドラゴンは驚きました。その劔には古い古い魔法と祈りの力がこめられており、
全てをなぎ倒す翼が抑えられてしまったからです。

「は、離せ!!!!」
「あんたがさっさと私を食べにこないからでしょう!?」
「僕のせいじゃない!僕は人間を食べる趣味はない!人間は肉が臭い!!!!!」
「んなこと私に言わないでよ!!!!!こっちはずいぶん、長いこと歩いてきてお腹はすくし、水浴びは出来ないし、
ドレスは破れるし、靴ずれは起すし・・それからそれから」
「だから僕のせいじゃない!!!!!!!」

娘が指折り、文句を考えている間に、ドラゴンは翼を折りたたみ、娘から距離をとりました。
娘の近くに居ては、何も通さないこの鱗でさえ、噛みつかれてしまいそうだったからです。

「あなたのせいよ!責任とって!」
「知らない!」
「うるさい!!!」
「横暴だ!!!!」

出会いこそ最悪でしたが、こうしてドラゴンと娘が出会い、そして、恋に落ち、
結局のところ、娘とドラゴンは幸せに静かに暮らしていきました。



「という話があるらしい」
「私その娘、好き」
「だろうな、君に似ている」
「そんなに怒りっぽくない」
「なら噛みつくたびに怒るな」

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