「風呂に入れてくれないか」

シャーリーが真面目な顔をしてそう言った時
きっと私はこれ以上ないくらい呆けた顔になって立と思う。
細い指をピンと伸ばして祈るような体制で足を組んで
コーヒー、の一言から約5分後の発言だった。

「・・・・・・成人男性なのでお風呂は一人で入ってください。」
「違う!そう言う意味じゃない!」
「一緒にお風呂入るの?いいけど、雰囲気ってものがあるじゃない?」
「そ、れも違う!それは、違う・・」
「なによはっきり言って頂戴。」

コーヒーを手渡すとシャーロックは少しだけ何か考えるそぶりをしてからこう言った。

「ドラゴンの姿の僕を洗って欲しいんだ。」
「ん?」
「以前、別荘で水浴びをしただろう?アレと一緒だ。
ここだとあの大きさにはなれないがいつもの姿にはなれる」
「手のひらくらいの?シャーリー?」
「ああ。で、この、人間の僕と、ドラゴンの姿のときの僕は、少し感覚が違うんだ、言葉では説明できないが。」
「うん?」
「歯ブラシでいいから」
「ああ、こすったらいいのね。なんか分かる。亀の甲羅とか歯ブラシで磨くよね」
「下等生物と一緒にするな」
「だったらお風呂は一人で入ってください」

その言葉にいらついたのかシャーリーは慣れた手つきで私の腰をつかむと
事もあろうか私の首に噛みついた!
振り返るともうそこには抜けがらのスーツしかなくて、目の前をふよふよと飛ぶシャーリーの姿。

「痛いっていってるでしょ!腹いせに噛みつくのやめて頂戴!!!」

人差し指でシャーリーの頭を指差す。
が、シャーリ―はその指にも噛みつこうとした!

「シャーロック!」

私の説教はまだ終わっていないのだが、彼は風呂場に飛んで行ってしまった。
一人で窒息死しろ!と心の中で悪態をつく。
だが、これで機嫌が悪くなって変えたばかりの壁紙が焦げるのも避けたい。
思わずため息が出る。

「・・・・・シャーリー?もーさっさと終わらせましょ」

風呂場を覗くと新しい歯ブラシを足でつかんで飛ぶシャーリーの姿。
ついでに贅沢に朝風呂しちゃおうかな、とバスタブにお湯と泡をためる。
服は、濡れるけどどうせ部屋儀だし、と部屋着の裾をまくってそのままお風呂の縁に腰をかける。
シャーリーは浴槽につけると洗いにくいので膝の上に乗せて歯ブラシの封を開けた。
シャーリーは嬉しいのか、羽が水に当たるのも気にせずくるくると飛びまわっている。

「シャーリー、あまり動かないで。」

ボディソープとか使っていいのかしら、と一瞬戸惑う。
動物とかなら専用のソープがあるものだ。でも、ううん・・どうしようかな、
とりあえず石鹸にしておこう。と濡れた歯ブラシの先で石鹸を少し掬い取って泡だてて見る。
私の膝の上に座ったシャーリーの小さな頭を歯ブラシで擦る。
耳?のようなものの舌や長い首、背中などを順々に擦って行くと気持ちいのか嬉しいのか小さな頭を膝に擦りつけてくる。
こうして見てると普通に可愛い生き物なんだけどなぁ
シャワーで丁寧に泡を流して、乾いたタオルで包む。
手のひらサイズの小さなドラゴン。本当に魔法の国の住人のよう。

「シャーリー、動かないの。拭けないわ」

タオルの感触が嫌なのか、膝の上で少し身じろぐシャーリーを押さえる。
シャワーを頭から浴びていたから、Tシャツが張り付いて気持ちが悪い。

「はい、こんな感じでいいの?あとは日向ぼっこして頂戴、私はこのままお風呂入る、」

から、と付け加えようとした時

「っ!しゃー、シャーロック!!!!!」

目の前に全裸の男が現れた。

「たお、ちょ、なにしてるのよ!」

びっくりして慌てる私をよそにシャーリーは素早くタオルを腰に巻きつける。

「僕も入る。」
「い、いま入ったじゃない!」

濡れたブルネットがすりすりと私の首筋を撫でる。
長い腕が私の張り付いたTシャツをめんどくさそうに脱がしだした。

「ちょっと、シャーロックっ・・ぅんっ・・!」

張り付いたTシャツが脱げなくて、シャーロックに両腕をつかまれて吊るしあげられたみたいになった。
濡れたTシャツのせいで腕も頭も抜けなくて身動きが取れない。
頭が抜けたと思ったら唇に柔らかい感触。

「君は雰囲気が必要だと言ったが、これで雰囲気は整っただろうか?」
「整ってません!」
「でも君はびしょぬれだし、僕はこのまま浴槽につかるつもりだし、入るしかないじゃないか」
「シャーロックは今身体洗ったんだから、出たらいいじゃないの!」
「言っただろう?感覚が違うんだ」

このままここにいるとズボンまで脱がされそうなのでTシャツをひったくって
急いでシャワールームを出てドアを閉める。

、風邪をひく、早く来い」

湯船が揺れる音がする。私が淹れたお風呂なのに、先に入られてしまったようだ。
だからと言って彼が出てくるのを待っていたら本当に風邪をひいてしまう。
シャーリーは長風呂なのだ。
壁に頭を預けて少し悩んだ後、大きくため息をついて大きめのタオルを身体に巻く。
ドア一枚隔てた向こうでは、小さな鼻歌が聞こえてくる。
私はゆっくり、一人で、お風呂を堪能したいのに
184センチの男が後ろから拘束してくる中でのバスタイムになりそうだ。