「ジョン・・・・・煙草が欲しい」
「駄目。」
「ジョン・・・」
「駄目だ。」

朝からマインドパレスに行ったきり、帰って来ないと思ってたら
帰ってきたらこれだ。シャーロックはカウチに横になって祈るような形で天井を見つめている
僕は新聞を開いて、とりあえず答えておく。
ドラゴンが煙草ってどういうことなんだろう。って思って に聞いたらマイクロフトも煙草を吸うらしい。

「・・・・・・・じゃあ、噛みたい」
「駄目。」
「ジョン!僕がおかしくなってもいいって言うのか!」
「第一に、君は人間じゃない。第二に、君は既に常識から外れてる。つまりもう既にちょっとおかしい。」
「別に君に噛みつこうなんて思ってない!」
の肩がボロボロになるだろ!」
「じゃあ煙草!!」
「駄目だ!」

シャーロックの噛み癖はなかなか治らなくて、時々省エネモードで飛んで行って噛みついてる。

で引き離そうとすると傷が増えるし深くなるから黙って噛まれてるけど
この悪循環は何とかしなくちゃならない。あんまり痛くないらしいけど、そういう問題じゃないしね。
喋っていると、パタン、玄関の扉が閉まる音と、かつかつと階段を上る音。

だ!」
「シャーロック!駄目だぞ!おい!」
「ただいまー」

扉を開けるとシャーロックはめがけて飛び着いた。
自分よりずいぶんと背の高い男に抱きつかれては少し倒れかけたけど
何とか立ちなおしたらしい。
まるで、帰りを待ってた犬のようだ

!おかえり!」
「はいはい。ただいま、シャーロック」

肩に鞄をかけて腕にはスーパーの袋を持っている。
両手が使えないから何とか踏ん張ったみたいだ。
僕はから袋を預かった。
は慣れた手つきで正面から背中に移動したシャーロックを引き連れて
買ってきたものを取り出して行く。

「今日は血の匂いも硝煙のにおいもしない」
「はいはい。ちょっと黙ろうねシャーロック」
「デスクワークだったんだな!」
「そうよー。シャーロック、いつも私の今日の仕事を推理するのは結構だけど
場合によっちゃぁ、ジョンが公安の連中に狙われることになるからやめようね。」
もあいつもそんなことさせないだろ。」
「・・・・・・・まぁ。そりゃ・・あ、ちょっとジョン、顔色悪いわよ」
「・・・そうだね・・・僕は何も聞いてないよ」
「じょん、それでは聞いたと言ってるようなもんだぞ」
「煩い、黙れ。」
「ちょっと、シャーロック、冷蔵庫にこれ入れるからどいて」

血の匂いや硝煙のにおいなら、元軍人として気付くと思うんだけど
大体、シャーロックから数日後で聞かされる。
聞いてるけど、聞いてないことにしておいた方がいいようだ。
僕がデートから帰ってくる間に暗殺されそうになったら笑えない。

「シャーロック、痛い」
「暇だ!」
「あ、ミルク買ってきてくれたんだ」
「会計する前に思いだして」
「暇だ!!」
「はいはい。ちょっと待ってね」
「ジョン、なんか食べたいものある?」
「そうだなー・・・うーん。簡単なものでいいよ。」
!」
「はいはい。ちょっと耳元で叫ばないで・・ちょ、あの動きにくいよ。シャーロック?」
「シャーロック、 が帰ってきて嬉しいの分かるけどちょっと離れろよ、」
「ジョンがやればいい!」
「シャーロックが手伝えばもっと早い。」
「あはは、兄弟みたいね。」

は笑いながら紙袋の中から食材を冷蔵庫に放り込んでいく。
冷蔵庫の中には得体のしれない羽やらトカゲっぽいものやら、目玉っぽいものが並んでいる。
シャーロック曰く、「人間の手に渡ると困るもの」らしい。つまりその・・そういった
ファンタジーな生き物の部品ということだ。

「痛っ!!シャーロック!」

僕が戸棚にトマト缶を片付けてる間にどうやら は噛まれてしまったらしい。
鋭い小さな悲鳴がキッチンに響いた。
続いて の諌める声

「・・・・・」
「シャーロック!駄目って言ったのに!」
「ジョンが煙草をくれないから!」
「そんなの理由になりません。」
が帰ってきたから!」
「そんなのもっと理由になりません!」
がいろんな匂いをつけて帰ってくるからだ!」

の首筋にはうっすらと噛み跡。
小さな穴が2つ並んでいて、うっすらと歯型が残っている。
ドラゴンとかいう種族のせいだろうか、犬歯がまるで吸血鬼みたいにとがってる。
吸血鬼みたいに、とかもう訳分からないけどね。
ただ、人の姿のまま噛みつくのは珍しい。最近、事件もなくてストレスがたまってるんだろな。

「はぁ・・・もう!着替えてきます!そしてちょっと仮眠するから!」
「僕も!」
「駄目!」

は紙袋を乱暴に畳んで鞄をひっつかむとパタパタと階段を上っていた。
シャーロックは下唇を噛みしめている。
怒られた子供みたいだ。

「だから言っただろ?」
が外の匂いをつけて帰ってくるからだ」
「だって、 は外で働いてる。同僚に香水をつけてる女性だっているだろうし、コーヒーだって飲むだろ」
「気に入らない!」
「・・・・・・なるほど。うん。そうか。それで君はに噛みつくんだな。」
「他になんの理由がある!」

マイクロフトは「求愛行動」とか「愛情の表れ」とか言ってたけど、
要は、あれだ、猫とか犬がぐりぐりって縄張りに匂いをつけ直すあの行動。
なんだ、可愛いもんじゃないか。
そこに特有の、っていったら生々しいけど独占欲求が合わさってるわけだ。

「・・・・分かった。じゃあ、もっといい方法を教えてやるよ」
「・・・・・・どういうことだ?」

暖炉の前に向かい合わせになって座る。
シャーロックは足を一人掛けのソファに上げて、丸くなって両手を祈るように合わせる。
集中してる時の証拠だ。

に怒られずに、君の欲求を解消する方法を」
「・・・・・・・・・・・・ジョン、すごく悪そうな顔をしてるぞ」

ほっといてくれよ。