【ジムの場合】

「ジムって、犬みたいですよね。」
「んー?どしたの?」
「いえ、なんとなくです。」

太陽がさんさんと降り注ぐ午後。
イギリスにしては珍しい晴天です。イギリスに住んでいるのならば分かると思いますが
こんな良い天気の日は外へ出かけなければいけません。
イギリスの空はいつだって灰色で暗い色です。
私は、少し機嫌の悪かった彼を叩き起こして
本日、ハイド・パークへお散歩しに来ました。
目の前では沢山の種類の犬が駆けまわっています。

「犬ねぇ。あの命令を絶対に聞くところとか、忠誠心とか見てると馬鹿かわいいなぁと思うけど。
僕が犬?っていうのはちょっとなぁ。」
「いただけませんか。」
「いただけないね。」

彼は機嫌があまり良くなかったので、二コリともせずぼんやりと走り回る犬を眺めています。
くちゃくちゃと音を出してガムを噛んで。
手はつないでいるものの、帽子の影から見える顔は何を考えているか分かりません。

「好きなものは絶対に離さないところとか、人と接するのが好きなところとか。
いろんな意味で素直に意見を伝えてくるところとか。」
「一応、僕、頭脳労働者なんだけど。」
「確かに、走り回るイメージはありませんね。」

そのあと、しばらく会話もなく、ぶらぶらとハイド・パークをうろ付きました。
笑わない彼は、怖いです。笑っている彼も、怖いですが。
彼と一緒に生活をする中で、彼ができるだけ私に恐怖心を抱かせないようにしていることが分かりました。
それが彼の、仕事用の性格なのか、本心なのかは、私には分かりません。
それを聞いてしまっては、いけないような気がします。
ベンチが空いていたのでコーヒーを買って二人で座りました。

「仕事のためにいろんな顔があるからね。」
「はい?」
「君を絶対に離さないのは独占欲が強いから。
君と接するのが好きなのは、君が逃げないように、体に、記憶に、僕の存在を刻み込むために。
素直に意見を伝えるのは、なんでかなぁ。嘘ついてもいいのに、君には嘘をつけない。」
「・・・・・・・そうですか。」
「だから、捨てないでね、ご主人様。」
「・・・・・捨てられるのは私の方じゃないですか?」
「捨てられたら、僕、何しでかすか分からないよ。
ご主人様の首を噛みちぎって、捕まえて、剥製にして
目玉をくりぬいて、君の瞳と同じ色の宝石を加工して、ガラスケースに入れて、
愛してあげるからね。他の誰も愛さないように、」
「・・・・・・どちらが飼われてるんでしょうか。」
「どっちも、だよ。」
「・・難しいですね、」
「僕は君の命を握ってるし、君は僕の心を握ってるからね。」
「光栄です。」
「うん」

彼は、この意味のわからない会話で機嫌を直したらしく、本日はじめて笑いました。
私は、確かに彼に依存し始めています。これが犯罪王の怖いところです。
でも、心を握らして頂いているとのことなので、
必ず彼は帰ってきます。誰を愛しても、誰を抱いても帰ってきます。
私の、大事な大事な飼い犬です。

「帰ろうよ、」
「はい。あ、でもスーパーに行かなくちゃならないです。」
「うーん。じゃあ早くしよ。」
「どうしました?仕事、あったんですか?」
「ううん。さっきの話してたらムラムラしてきた。」
「・・・・・・・・・」
「わぁ。その目ゾクゾクするね!」

彼は”大好きだよ”と言ってキスをしてくれました。
彼の口から紡がれる言葉の、どれが本当でどれが嘘なのかはもう分かりません。
事実は、ここにあります。私は、世界で一番最悪な犯罪者に世界で一番愛されていますから。




【シャーロックの場合】

「シャーロックは、猫と犬どっちが好き?」
「どちらも興味ない」

僕は顕微鏡から目線を外さずに切り捨てるように言った。
言い方が気に入らなかったのか、やっと僕がまともな返答をしたからか
彼女はソファから立ち上がって読みかけの雑誌を一人掛けのソファへ放り投げ、机を挟んで前に座った。

「・・・・じゃあ、私はどっちが好きだと思う?」
「・・・・・・・・・」
「ねぇーシャーロック聞いてるの?」
「・・・・・・・・・」
「ねぇ!ねぇ!」
「・・・そこのシャーレとってくれ。」
「え、・・え?あ。これ?」
「ああ。」

彼女はシャーレを僕に手渡して、つまらなそうに座った。
今日は珍しく休みで、買い物に行くんだと息巻いていたのに
天気が悪くなり、外は土砂降りだ。
ジョンは舌打ちをしながらこの雨の中、バイトへと出かけて行った。
やめればいいのに馬鹿らしい。

「シャーロックは、猫っぽいね。」
「は?」
「シャーロックは、猫っぽい。髪の毛もくるくるだし、つまらないことがあるとすぐソファで不貞寝。
好きなものは事件で、それ以外は興味ない。静かだと思ったら騒ぎ出して、気がついたら飽きてる。
触るのは嫌いだけど、触られるのは嫌いじゃない。寒いのが苦手。猫そのものじゃない?」
「猫か犬かと言われたら、どちらでもいいが、今言った中には間違いがある。」
「えー?」

彼女も真剣にこの話をしている訳じゃないらしく、机に伏せてめんどくさそうに答えた。
だったら僕の邪魔をしないでほしい。

「僕は、人に意味なく触るのは嫌いだ。」
「うん。」
「触られるのも嫌いだ。」
「へぇ。頭撫でたり、ぎゅーってしたりしても嫌がらないから、嫌いだとは思ってなかった。
貴方、嫌だったらすごい反応と顔するじゃない?」
「君だからだ。」
「・・・・・・・・・・」
「君に触れられるのも、君に触れるのも。君だったら、心地いい・・・というか、癖になる。」
「・・・・・・・・・・・・」
「聞いてるのか。僕がわざわざ君の意味のない話しに付き合ってやってるんだぞ。」
「・・・・きいて・・る・・」
「・・顔が赤い、脈も早い。」
「うるさいなぁ!」

彼女は、顔を真っ赤にして、すたすたとキッチンから出て行った。
派手な音を立てて、さっきまで転がっていたソファの上へ。
何か呻いている、が意味のない言葉の羅列だろう。
彼女は僕が猫だと言うが、
僕は彼女が猫だと思う。
僕の、お気に入りの猫。青いリボンをくれてやってもいい。
何処にもいかないように、僕の目印をつけておかないと。