「にゃぁう」
「・・・・・・」

僕が出向くほどでもなかった事件も解決した日。
ジョンはそのまま仕事に行くと別れて、家に帰って何の実験を進めるか脳内で数式を構築していたときだった。

「にゃあう」

221bの前に、段ボールに入った猫が一匹いた。
ロシアンブルー。どう見たって捨て猫だ。

「なあう」

ぶつりぶつりと切れるような泣き声。
声もかすれている。

「な・・・・・ぅ・・・」

気がつけば段ボールから猫を取り出して、221bの階段を上がっていた。
やってしまった。

+++

ハドソンさんを呼び、ずいぶん汚れていた体をぬるま湯で洗った。
暴れる元気もないのか大人しくしていたのでそのまま体を拭いて乾かすと
毛並みのいいロシアンブルーになった。
そもそも僕は犬の方が好きだ

「かわいいわね」
「・・・・・・」
「砂糖を混ぜたミルク持ってきたわ。明日には猫用の餌を買ってくるのよ」
「僕が?」
「当たり前じゃない、貴方が拾ったのよシャーロック」
「飼うつもりはありません」
「私、猫はすきですからね、飼ってもらって構わないわ」

聞いてるのか聞いていないのか、いいや聞いていないんだろう。
ハドソンさんは鼻歌を歌いながら帰って行ってしまった。
猫は慌てるようにミルクを飲んでいる。
少しだけ頭を撫でると僕の方を見上げた。
顎が汚れている。
それはそのままにしておいて、僕は実験の続きに取りかかった。

++++

< 「なう!」

気が付くと日付が変わっていた。
実験の結果は満足いくものが出たので片付けを始める。
と、そこで猫が机の上に座っているのに気付いた。

「やめろ」
「なー!」
「どけ!」
「うなああ!」
「なんなんだ!!!」

掴んで少し乱暴に放り投げるとすとん、と華麗に着地して僕の足元へやってくる。
にゃーにゃーと煩い奴だ。
なにかを訴えるように僕の足元をぐるぐる回る。
と、空になった皿が目に入った。

「腹が減ったのか」
「なー!」
「・・・・・」

まさか僕が、猫のために餌を用意するなんて。
とりあえず冷蔵庫からミルクを出してレンジに入れる。
どのくらい温めたらいいんだ。
猫は餌がもらえると分かったのか嬉しそうに足元にすり寄ってきた。

++++

「・・・・・・ここで寝るのか」

いい加減ベッドに入ろうと自室のドアを開けると、止める前に猫が入り込んだ。
ガウンを脱ぐ間にベッドの上をぐるぐる歩いている。寝心地のいい場所を探しているのか。
僕がベッドに入ると少し迷惑そうな顔で僕を見た。
煩い、ここは僕のベッドだ。
頭を撫でてやると目を細める。

「飼うつもりはない」
「飼うつもりはないが、名前がないな」
「飼い主が見つかるまでの名前がいる。」
「・・・・・・・・・・・」
だ」
「うに」

は嬉しそうに鳴いて、また眠った。
何かと一緒に寝床に入るのはずいぶんと久しぶりだ。
遠い記憶を呼び覚ましながら、僕も瞼を降ろした。

++++

「しゃろく」

舌足らずな喋り方と、高い女の声が聞こえてきた。

「しゃーろ、く、しゃろく、しゃろ?しゃ、ろ・・シャロ?」

僕の名前を呼ぶな。煩い。誰だ・・・・・・・・・・誰だ!!?
飛び起きると裸の女がそこに座ってた。
朝日に当たってはじける髪は灰色がかった黒。

「・・・・っ」
「しゃろ、おはよ、」

僕の顔を見て嬉しそうだ。
嬉しそうだが僕は慌ててしまい、ベッドからずり落ちた。

「だ、誰だ君は!」
、おなかすいた」
!?」
「しゃろ、おなかすいた!」
「まて、君はなんなんだ!!」
「おなかすいた!」

意思の疎通が取れない。
だが、頭の上についている二つの物体がそいつをなにか表しているような気がする。
くるくると動く、猫の、耳。

・・・」
「なに」
「・・・・・・君は猫じゃなかったか?」
「ねこ」
「待て待て考えろ、そんなことは起こるはずがない。」
「しゃろ、さむい」
「シャツを着ろ!!!」

椅子の上に乱雑に置いてあった自分のシャツをの顔面に投げる。
は広げてみて、なんどか首をかしげながら袖に頭を押しつけた。

「違う!」
「これなに」
「っ・・!」

このまま裸でいられても精神状態が保てない。袖を通してやって少し前を締める。
にこ、と笑って僕の頬に頭を磨りよせる
かと思えば耳をピンと立ててドアの向こうを警戒し 急に僕の背中に回る。
しばらくして聞こえてきた足音。
考える必要もない

「・・・・・・・・・・・」
「ただいま、シャーロック起きろよ、ハドソンさんがパンケーキ・・・・・・」

悪いタイミングでジョンが帰ってきた。
ドアを開けて固まるジョン。
を凝視している。もジョンを凝視しているし 指が僕の腕に食い込むくらい警戒している。

「ネコミミプレイ?マニアックだな。」
「違う!!」
「っ!!!!!!!」

僕の声に驚いたのかはガタンと音を立てながらベッドの裏へと隠れてしまった。

「っあー!!」

ベッドの端から耳だけこちらを向いている。

さんっていうのか?フラットに彼女連れ込むなよシャーロック。」
「違う!あれは猫だ!」
「もう朝だ、シャーロック」
「違う!!!!」
「good morning♪昨日の猫ちゃんにミルク入れてきましたからね、ここに置いておくわよー」

振り返ってハドソンさんを見るジョン。
そして交互にベッドから飛び出た耳を見るジョン。
信じがたいことが起こったとしても、仮説の中から残ったものが、真実だ。
まずはベッドの隙間からをひっぱりあげることから始めよう。