「なんだこれは!」

部屋に戻ったシャーロックの第一声が鳴り響いた。
共同スペースである場所に段ボールがいくつも積まれていた。
段ボールからは書類や本、ガラクタが見えていて、どれも見覚えのあるものだった。
シャーロックの私物だ。
シャーロックの声を聞いて、二階からハドソンさんが降りてきた。

「あら、話は聞いてるって言われたんだけど・・・・・女性よ、さん。
ジョンの部屋の前に空き部屋があるでしょう?そこを紹介されて、って言われたの。貴方達知り合いじゃないのかしら?」
「知り合いです!知り合いですが僕は何も聞いていないし、彼女は何も言ってなかった!それに紹介なんかしてない!」

そもそもこのフラットは共同スペースを抜いて3部屋ある。
一階に一部屋。これはシャーロックが使っている。
二階に二部屋。一つは僕の寝室でとして使っている部屋だ。
僕の部屋の向かいにも一つ部屋があって、しばらく同居人もいないだろうしということで
ハドソンさんが貸してくれたのでシャーロックのガラクタを詰め込んだ倉庫として使っていた。
ガタガタと清掃員らしい男性が二階からバケツやモップを持って降りてきた。

「掃除、終わりました。」
「ありがとうございました。」

ハドソンさんと短い挨拶を交わして彼らは出て行った。
シャーロックはいらついたように携帯を取り出してコールする。
しばらくして、扉の向こうで着信音がしたのと
シャーロックがしゃべりだしたのは同時だった。

!君は何を考えてるんだ!」

ぎい、と扉が開いて、数分前に別れた彼女が携帯を片手に立っていた。

「こんにちは、ハドソンさん。もうすぐ、引っ越しのトラックが来るはずです。」
「ええ、まぁ、あの。二人とも貴方を紹介してないって言ってるんだけど・・・どういうことかしら?・・・あら、」

彼女はにこり、と笑ってハドソンさんと握手を交わした。
ハドソンさんは押されぎみでそれを受けながら質問したが
トラックのクラクションで口を閉ざした。

「それじゃあ、お手数ですが、荷物の誘導お願いできますか?」
!」
「お願いしますね。」
「え、ええ。はいはい。」

シャーロックの怒鳴り声とガゼルの有無を言わさない雰囲気に押されて
ハドソンさんは慌てて部屋を出て行った。

「私の住んでるアパートはもうすぐ取り壊しが決定してる。
私は何処で寝たらいいのかしら?仕事が立て込んでて部屋を探す時間がなかったの。
私は報酬を受け取ってない。なんでもいいってシャーロックが言ったのよ?
アフガン帰りの元軍人と、ロンドン1の探偵もとい変人と共同生活できるのは私くらいだし、
知らない人が来るよりマシだと思わないの?」

彼女は一息で言いきった。
シャーロックは何度か口を挟もうとしたが彼女の話を受け付けない態度に押されたようだ。
こんなシャーロックを見るのは初めてで。やはり大学の友人は偉大だと思いながら
僕は椅子に腰かけていた。

「だが、君が、ここに、住むことを、僕は、了承していない!ジョンもだ!」
「ジョン?変人と二人きりと、家事を少しでも手伝ってくれる私が加わるのとどちらがいい?」
「家事をしてくれるのはとってもありがたいね。できたら買い物も手伝ってほしいな。どちらにせよ大歓迎だ。」
「ジョン!君はの味方をするのか!?」
「これまでの行いを振り返ってくれよ。」

彼女はくすくす笑いながら下の階に続く扉を開けた。
そこには段ボールを抱えた業者が何人も並んでいる。

「二階の左側の部屋です。」
「あ、はい。」

ガタガタと引っ越し作業が行われる中、シャーロックはすねてソファの上で不貞寝をし始めた。
結局、そこから一言も発さず僕はの引っ越しをいくつか手伝うことにした。

+++

「二階のトイレは君専用にしよう。」
「あ、ありがと。」
「まぁ風呂は兼用だけど・・・大丈夫?」
「ジョンはとってもいい人ね。お互い気まずくならないようにしていきましょ。
あまり私・・その・・・気にしない性格だからいつでも怒ってちょうだいね。」
「・・・・・そうか・・うん。わかった。」
「そういう面では子供が増えたかしら。」

くすくすと笑う彼女はとても綺麗だった。
黒髪に白い肌。
生える紅い唇に幼い顔立ち
ブルーの瞳がきらきらしてる。
彼女はソファに近づいてシャーロックを上からのぞきこんで、また笑った

「静かだと思ってたら本当に寝ちゃったのね。」
「・・・・・子供か。」
「ほんとね。」

引っ越しが終わって、コーヒーを二杯入れた。
ゆるやかな日暮れ。
今日の晩は女性の入居に(隣のカップルは、男性同士のため)喜んだハドソン夫人が手料理をふるまってくれるらしい。
ささやかな歓迎パーティーだ。
それまでには不貞寝したシャーロックを叩き起こして着替えをさせなきゃならない。
一人がけのソファに座ると彼女も向かいに腰かけた。
二人とも、一言も交わさずコーヒーを楽しむ。
もうじき、ロンドンは夜になる。