コンコンっと軽いノックがして僕は目を覚ました。
ぼんやりとした頭をふって、立ち上がる。シャーロックは椅子に座ったまま、微動だにしていない。

?仕事はもういいの?」
「こんにちは、ジョン。ああ、レストレード警部なら、もうすぐ来るわ。ジョン、これも仕事よ?」
「ど、どういう・・・・」
「んー、あまり言えないんだけれど、扉の向こうにいる彼女に少し用事があって」
「・・・え?なんだいそれ、知り合いなのかい?」
「うーん、あんまり詳しく言えないかな、守秘義務に引っかかるの、ごめんね」
「政府関係か、それも国が動くような」
「・・・・・・・・・・・・シャーロック、お願いだからうかつなこと言わないで」
「僕はアメリカ大統領暗殺の陰謀説を押すくらいの馬鹿げた妄想を語っただけだ」
「随分機嫌がわるいのね。もう・・・なんていうのかな、彼女が本当に夫を殺していたら、少し私の仕事の関係で彼女に話を聞かなくちゃならないの」

何も明確に語られない口調にもう少し踏み込んだ質問をする前にシャーロックが不機嫌そうに呟いた
なんだ、寝てるように見えたのに。
しかし、なんだか聞いちゃいけないようなことを聞いたような気がする
そんな僕の心配をよそに はシャーロックの正面に歩いていて、少し首をかしげた。

「シャーロック・・・・」
「なんだ。」
「あなた・・「よ、 。」

が何か言う前にドノヴァンとレストレードがやってきた。
シャーロックは椅子に座ったまま、くるりと回転して見せる。

「結果はどうだ。の前じゃ、テロリストだって嘘をつけないって噂だぞ」
「シャーロック!」
「俺たちだってどうしてに容疑者を会わせなきゃいけないか分かってないんだからな」
「無能め」 「守秘義務がどうこうって話だ。触らぬ神にってやつだろ」 「だから出世もしないし、クビにもならないんだ」 「ちょっと黙っててくれないかしら変人!」
「ドノヴァン、相変わらず危うい恋愛してるみたいだな、そのうち、彼女の仲間入りする日も近い。」 「シャーロック」 咎めた声を出したのは だった。 つまり、彼女はドノヴァンのその、不倫の関係に気付いてるってことだ。 「・・・・で・・結果は。」
「嘘をついてるのは明らか。涙も演技。表情には怒りと憎悪が見え隠れ。罪悪感は全くなし。」
「・・・・・・・つまり」
「彼女が犯人だと思います。彼女の愛人関係がばれて、旦那さんと口論になり、殺したってところでしょう。良くある話です。
愛人さんが見つかれば話は早いんじゃないでしょうか。」
「なるほどなぁ」
「そして申し訳ないですが、この時点で、この容疑者の方は政府の方で身柄を確保させてもらいます。愛人のほうは好きにして下さい。ここにサインを」
「そりゃこっちとしては首を縦に振るしか選択肢はないだろ?しかし、あんた何者なんだよ」
「刑事に頭を下げてサインをもらってくる係ですよ」
「市民の税金は随分無駄なことに使われてるなぁ」
「そりゃあコーヒー豆を挽く部署があるくらいですから」
「冗談だろ」
「冗談だけど」

いつもなら、もっと分かりやすい説明をしてくれる が(いや、シャーロックの説明より数十倍わかりやすいけど)
何かに追われるように話を切り上げてシャーロックに声をかける。ジョン、と言われて僕も立ち上がった。
レストレードの言葉もそこそこに、僕らは追われるようにタクシーに乗り込んだ。
+++++

「なんで熱があるのに外に出たのよ!!!!!!!」

フラットについて、 の第一声がこれだった。
荷物も置いてないし、コートも脱いでない。シャーロックは怒られた子供のように黙りこんでいる。
大丈夫だとか、熱は無いとかなんとかいうシャーロックを黙らせて座らせた。
おでこを触ろうとすると顕著に嫌がるシャーロック。子供か、君は。

「動かない!」

そして は母親か。
シャーロックのおでこは医者じゃなくても分かるくらい熱かった。
はてきぱきとコートを脱がしてマフラーも預かっていた。
僕は急いで自室に戻り、医療バックを持って帰ってきて、体温計を耳たぶに押しつける。
数十秒でピピッと電子音。38度。なかなかの高熱だ。

「・・・・・・これか。調子が悪いのは・・・・あー、僕は医者失格だな。同居人の風邪も見分けられなかった。」
「・・違う。僕が隠してただけで・・・・・普通の風邪だ。寝てれば治る。ジョンのせいじゃない」
「その前に、薬と、食べ物が居る。あーあ・・・食欲なかったのも・・・・」
「だ、だから。」
「とりあえず、私、何か食べられそうなもの買ってくる。」
「食欲ない。」
「でも4日食べてないんでしょう?薬飲んだら胃悪くするから。ベッドで待ってなさい。」
「・・・・・・・・・・。」

これにはシャーロックも黙ったらしい。時々、こうやってシャーロックの良心をくすぐるのも
いい手かもしれない。けれど、実質、僕がシャーロックの風邪に気付けなかったわけだから
嘘はついてない。シャーロックもちょっとはこれで反省・・・してるみたいだし。
は財布だけ握って出て行った。ちょっと叱られてるシャーロックを見てると
面白くなってニヤついていたのか、シャーロックに笑うな、と怒られた。

++++

夜、シャーロックの看病に追われてバタバタしてたせいで、僕は一人掛けのソファで眠ってしまったらしい。
はいない。もう二階に上がったのか、と思うとシャーロックの部屋の扉が少し空いていた。
悪い、と思いながらも僕がいないときにあの2人が何を喋っているのか少し気になって眠ったふりを続けた。

「・・・シャーロック、どうして調子悪いのに、黙ってたの?」
「・・・・・・ぼくは、へいきだった。」
「シャーロックが平気でも私とジョンは平気じゃないわ。」
「・・・・・・・。」
「心配したんだから。ジョンも、すごく心配してた。」
「・・・・こんどからは、ちゃんと言う。」
「うん。そうして頂戴。さて、じゃあお休み。」
「・・・・・・・・。」
「シャーロック?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・もう少し、ここに。」
「・・・・・ええ、分かった。大好きよ、シャーロック、早く良くなってね。」
「・・・・・・・・・・ああ。」

声は聞こえるけれど、姿は見えない。
だけど、いつもより元気のないシャーロックの声と、優しい の声に、僕までなんだか
幸せになる。シャーロックの恋愛べたは逆にすごいと思う。僕はならありえない。
僕は彼女が起しに来るまで、もう少し暖炉の前で、やわらかな幸せに浸っていた。