「視界に入るなアンダーソン!」
「ヤードは無能ばっかりなのか!ああ、そうだな、無能だから僕がここにいるんだな。」
「黙れ!皆だまれ!煩い!」

本日も、シャーロックの機嫌は最高潮に悪い。
今朝、僕がキッチンに降りてから、レストレードが来るまで一言もしゃべらなかったし
(マインドパレスに行ってるかと思ったけれど、そうでもなかった)
食事を進めたけど、やっぱり何も食べなかったし。
(ちなみに、今日で4日ほとんど何も食べてない。事件がなくてここまで食べないのは記録更新だ)
レストレードが来たら、来たでいつも通り、観察をして奥さんと不仲というあたりを言ってのけた
(ちなみに、奥さんと不仲じゃなくて、ただ単に仕事が立て込んで家に帰ってないだけらしい)
で、なんとか着替えをさせて
(特に寒くもないのに今日はパジャマにシーツだった)
事件現場に来ればこうだ。特にアンダーソンが酷い被害を受けてる。
今朝は、 が仕事で戻ってきてないからシャーロックの機嫌を緩和する人が残念ながらいない。

「ジョン!ジョン!」
「はいはい。なんだよ。」
「携帯!」
「はい。」

触らぬ神にたたりなし、というか触らぬ子供にたたりなし、というか。
医者時代、一番困ったのは何かが吹っ飛んだように泣く子供だった。
子供は苦手じゃなかったけど、あの周りの空気と子供をどうするかで良く悩んだなぁ
奥で泣いているのは被害者の男性の妻らしい。
ドノヴァンがしきりに彼女を慰めているのが視界の端に映る。
あっちもパニックを起して調書どころじゃないみたいだ。

「・・・・・・おい、シャーロック?」

何か思いついたようにシャーロックが彼女のそばまで歩いて行く。
ドノヴァンは明らかに嫌そうな表情。
彼女の方はぽかんとしてる。

「犯人が分かった。」
「・・・・・は?」

まだ声を詰まらせる奥さんの代わりにドノヴァンが答えた。
レストレードと僕は顔を見合わせてシャーロックに近づく。

「強盗が入ってきて、夫を殺したと言ったが、考えれば分かることだ。ここは閑静な住宅街。
周りは空き家が多く、目撃者もいなければ、声もはっきりと聞こえない。この女が
・・・・失礼、貴方の事だが。でっちあげてる可能性は最初からあった。」
「おいおい、ちょっと待て。その、妻であるこの人が殺したと?」
「レストレードも気をつけるといいな。家に帰らないといつしかこう言った事件に巻き込まれて
妻に殺されるぞ。・・・・被害者は背後から頭部を殴られて、死亡。凶器は家の中にあった灰皿。」

アンダーソンがぽかんとして握っていた袋に入った証拠品をひったくって戻ってきた。
彼女の涙は既に止まっている。

「灰皿?おかしいだろ。強盗なら武器を何か持ってくる。手ぶらで来て、この家に銃があったら終わりだろう。」
「ちょっと待て。変人。ここから男性の指紋が検出された。被害者とは別の・・」
「被害者と、彼女の愛人のものだろう。」

アンダーソンの台詞をさえぎるように、シャーロックが言いのける。

「わ、わたしが・・・・私があの人を殺したって言うの!!!!!!!」

女性の怒鳴り声が現場に響き渡った。
シャーロックにつかみかかろうとしたところを何とか僕とレストレードで止めたけど
彼女はまた、大声で泣きだした。

「その猿芝居がいつまで続くかだな。レストレード!事件は解決した、僕は帰る。」
「ちょ、ちょっと待てよ、」

踝を返して帰ろうとするシャーロックをレストレードが腕をつかんで止めた。
小声だからあまりよく聞こえないが『本当なのか。』だの『証拠が足りない』だの。
そうだ。いつもなら誰もが黙るくらいの証拠を披露して見せるのに、今日のシャーロックは早く帰りたがってる。
表情はいつも通り、なのにどこか様子がおかしい。
結局、レストレードとシャーロックが離した結果(というか、懇願された結果)一度、彼女を取り調べるという結果になったらしい。
僕とシャーロックも呼ばれて、ドノヴァンの運転する車に乗った。
シャーロックは、終始黙っていた。

+++++

警察署について、僕らは(というかシャーロックは)勝手知ったる、
といった態度でレストレードのオフィスに入り、椅子に座った。

「ああ、結構。僕らはここで待たせてもらうから、好きなだけ調査して来い。結局、結果は変わらないんだ。」
「・・・・・・・はぁ・・分かったよ。コーヒーいるか?」
「ああ、ジョンが買ってきてくれるらしいから結構。」

はぁ、ともう一度ため息をついて、レストレードは部屋を出て行った。
僕はコーヒーを買ってくるために立ちあがった、が。

「いや、ジョン、僕はコーヒーいらない。レストレードを追い出す口実だ。君が欲しいなら止めないが、僕は結構。」
「・・・・あー、じゃあ僕もいいや。というかシャーロック朝から変だぞ?どうかしたのか?」
「変?別に僕に異変は無い。」

シャーロックは指先を合わせたまま、僕に背を向けて淡々と喋る。
確かに、いつも変だけど、今日はちょっと違う。

「ジョン。僕の何処が変なんだ?」
「いや・・・・何処って言われると・・」
「一つずつ上げて行けよ。なかなか面白い、し時間つぶしになる。」
「えーっと、最近、事件もなかったのに、もう4日もろくに食べてない。君は事件があれば食事を絶つこともあるけど
事件がなければ一日一食はちゃんと食べるだろう?今朝もぼーっとしてたし・・・・うーん、口に出すと別に君なら
変じゃないんだけど・・・でも何か、おかしいよ。」
「いいぞ、ジョン。君は推理する能力は全くだが、段々と観察力は上がってきてるみたいだ。」
「それって褒めてるのか?」
「ああ。勿論。」

僕も小さくため息をついた。