マジックミラーの向こう側に男が並べられて座っている。
シャーロックは5分前からずっとその目の前をぐるぐると行ったり来たりしながら
彼らを観察してた。
マジックミラーなのだから向こうはこちらが見ていることなんか知らないだろうけれど
今から何かが行われると思っているのだろう
不安そうな表情を浮かべて座っている。
グレッグとドノヴァンは僕らが女性と一緒に入ってきたことに関して
とても興味深そう(というより彼女の精神は正常だろうかと言ったような表情で)に彼女を見つめていた。
彼女はにこり、と微笑んで僕の隣に立とうとしたけれど
「ちょ、ちょっと待ってくれ!一般人は立ち入り禁止だ!」
「レストレードだから君は昇進できないんだ。彼女は君たちよりずっといい観察眼を持っている。
この事件の協力者だ。」
「おほめ頂き光栄ですわ。」
シャーロックは容疑者から一度も目をそむけずに言った。
は笑いながら仰々しい様子で答えている。
ちらり、とこちらを見た彼女は笑っていて
僕もつられて少し笑ってしまった。
「よし。。交代。」
「え?もう?ということは・・・・シャーロック、わかったのね?」
「愚問だね。ジョンは?なにか気付いたか?」
「いいや。僕に話を振るんじゃない。」
僕は壁に背中を預けて彼らの様子を観察していた。
できればその会話には入りたくない。
ガゼルは、こつ、こつと一人ずつの様子を眺めながら小さく呟いた。
「一番、左の男の人は犯人じゃない・・と思うわ。」
「いいね。なぜ。」
「彼だって・・彼のジーンズのチェーンにピンクのキーホルダーがついてるじゃない?」
シャーロックは口元に指を寄せて考え込むように話を聞いていた。
誰もガゼルの問いに応えなかったので僕が答えることにして
咳払いをしてから彼女の問いに応えた。
「あ、ああ。Rのやつ?」
「そう。被害者の方はRから始まる名前じゃなかったし、彼の名前もRは含まれてないわ。
しかもピンクであれだけ派手なものなんだから女性からのプレゼントね。
自分にはキープしてる女性がいるのにわざわざ浮気相手を、この場合お互いに遊んでたってことだけど・・・
殺す必要性があるのかしら。」
「正解!レストレード、彼は釈放していい。さて、。残るは4人だ。」
「もしかして、これ最後の一人までやらせる気?」
「参考だよ、参考。素人の考えは重要だ。」
彼女はため息をついてあきれたように僕と目を合わせた。
僕も意識的に彼女の目線を拾って小さく笑ってやった。
「彼女、どうやって殺されてたの?」
「頭部の左側を、鈍器で。」
「・・あ、あんまりこういうこと聞きたくないんだけど・・・」
彼女は気を落ちつかすように一呼吸置いてから
僕に問いかけた。
「それは正面から殴られたの?背後から殴られたの?」
「検死した感じでは正面からやられてるね。」
「じゃあ右端の彼も違うんじゃないかしら。」
「どうして?」
「右腕に時計してるから。」
全員の目線がちらり、と右端の男性の手首に集中した。
確かに右手には時計が巻かれている。
「他の2人がどうか知らないけれど、左側を正面から殴られたってことは、犯人は右利きってことでしょ?
あの人、右腕に時計してるから左利きね。」
「またしても正解!」
シャーロックは嬉しそうな声を上げる。
あと三人だ!と笑いながら回っていた。
はため息をつきながら続けた。
「シャーロック、私は探偵じゃないから後の3人は絞り込めないわ。お手上げよ」
「面白くない。実に面白くない!最後までやれよ。」
「だって、わからないもの!というか女性をこう言った殺人事件にまきこまないでくれる!?」
「女性だろうが犬だろうが役に立つなら使うだろう!」
「・・・もう!もういい!十分参考にはなったでしょう?どうせ貴方わかっててやらせてるんだから
さっさと犯人上げて頂戴!」
は声を荒げた後部屋を出て行ってしまった。
シャーロックは彼女が怒ったことよりも彼女が当てたことを喜ばしく思ったらしく
ニコニコと笑いながら事の顛末と犯人の名前を告げた。
+++
部屋を出ると警察署の待ち合いでベンチに座っては
飲みモノを啜っていた。
シャーロックはカツカツと歩いて言って彼女の横に座る。
「誰だと思った?」
「はい?」
「君は誰だと思ったんだ。犯人。」
「・・・・・・・・わからなかったわ。前の2人だって勘だったのよ。」
「実際、あってた。」
なぁ。と同意を求めるようにシャーロックが目線を上げたので
しぶしぶ、頷いておいた。
確かに彼女が上げた注目点はシャーロックの謎解きの中でキチンと説明されたのだ。
「僕も気になるな。」
「・・・・・・・・・・三人の中で左側に座ってた気の弱そうな人。」
「またしても正解!なぜそう思ったんだ?」
は飲み終わったコップを販売機の横に放り込みながら
声高らかに、ロンドン1の探偵に告げた。
「ああゆう事件を起すのは、きっと遊びでいられなくなった人だと思ったのよ。」
は玄関ホールに向かって歩き出した。
「最初は、浮気でもいいと思っててたけれど、本当に好きになって、
実は他に4人もライバルがいたことに気づいて
自分の物にならないなら殺してしまおうと思った、とか?」
「そこはどうでもいい!」
「つまりね、あの状況下で彼は不安そうでも強気になってる風でもなく」
シャーロックの嫌味を華麗に無視して
彼女はゆっくりと歩きながら呟く。
僕は犯人として挙げられた彼の様子を思い出そうとしていた。
「無表情で、なぜ捕まっているかわからない、と言った感じの顔だったもの。」
「なるほど。」
「彼にしたらそうよね、彼は、自分のやらなければならないことを達成したあとだったんだから。」
警察署から出ると木枯らしが吹いた。
彼女は体温を逃がさないようにコートを合わせて
心持小さくなった。
シャーロックが道に向かってタクシーを止める。
「途中で降りる?それとも何か食べるか?、君が望む報酬ってなんなんだ。」
「最高に非常識な探偵さんに対する嫌がらせよ。フラットに帰ればわかると思うけど。」
とそれだけ言うと、タクシーには乗り込まず、彼女はくるりと踝を返して
人ごみの中へ消えて行ってしまった。
シャーロックは瞳を大きく開けて
よくわからない子供のような表情を浮かべていたが
急にぐるりと振り返りタクシーに乗り込んだ。
彼女が言っていたことを知るのは僕らが(主に僕が)昼食をレストランで取ったあとだった。