「・・・・・・・・・」

今日も朝がやってきた。
僕はごろん、と寝がえりを打ってもう一度眠る体制に入る。
どうせ、起きても何もない。つまらない。
広いベッドは

「・・・・・・・・・・。」

一人のはずだった。
びくり、と体が硬直する。視覚情報を脳の中で処理しきれない。
が小さな寝息を立てて眠っていた。

「・・・・・」

++++

「寒い。」
「そうか。」

暖炉のそばで足をソファに上げて体を小さく丸めた。
シャーロックは長い脚を組んで、何かとても難しそうな本を読んでいた。
彼と「恋人」関係になってから進展はない。
キス止まりだ。初恋を成就させたティーンのような清く正しい恋愛関係
と、言うより彼はまだこの関係を処理しきれていないと言うか、未知の世界に踏み込めないと言うか。
ただし、ここ最近で分かったことは、軽い挨拶程度のキスでも彼は少し嬉しそうな、
(気のせいかもしれない)雰囲気になるのでキスは嫌いじゃないらしい。
証拠に、朝、ジョンの代わりに起こしに行けば、所謂「おはようのキス」のようなものを強請られるようになった。
おかしいな。この程度ならどこの家庭だって子供にする。
ああ、後、彼はキスが上手い。それは挨拶よりもう少し情熱的なやつ。
本当にあまり体験したことないんだろうか
(女性関係が全くなくても、キスぐらいなら奪われた可能性だってある)
ちなみに大学時代に酔った勢いでキスしたことがある。
それがファースト・キスだったようで。奪っちゃったんだなこれが。
その時は、まぁ。下手でした。
そうだなぁ。後は・・・・・時々、本当に時々私を思い出したように抱きしめる。
やっぱり、人肌恋しいのかな、って思って。
まんざらでもなくて。
でも、

おかしい。これって全部、子供が母親に求めることなんじゃないの。
私は「彼女」になったわけで「母親」になったんじゃない!

++++

「と。言うわけなんですけど、どう思いますか。」
「・・・・・・・ちょっと待ってくれ。僕は・・その、えと。整理させてもらってもいい?」

が僕の前で真剣な顔をして話すもんだから
僕も真剣に聞いていたわけだが
途中から脳が理解することを拒否した。
あの、シャーロックが、恋人?彼女?キス?なんの話だ!
いや、納得というか、まぁ落ちつくところに落ちついた、っていうのは分かる!
だけど!

「君と、シャーロックは恋人関係な訳だ。」
「うん。」
「だけど、求められることが、ないと。」
「それは、急いでないけどね。」
「じゃあ、どういうことだよ。」
「ジョンの頭の中はそれしかないの。」

呆れたように彼女はため息をついた。
僕からすれば今までの話は完全なる惚気話であって
シャーロックが、他人に、甘えてるってことだ。

「でも僕がいるまえで抱きしめられてるの、とか、見たことない・・し。」
「ジョンには隠しときたいのかなー」
「どうしてだよ!?」
「初めてガールフレンドができた時、誰かに言った?両親とか、お姉さんとか」
「・・・・・・いや。」
「そんな感覚じゃない?」
「・・・僕は彼の父親じゃない!」
「ボーイフレンドからは出世したじゃない。」
・・・・・。」
「冗談よ、冗談」

は笑って座りなおした。
そして、少しばかり恥ずかしそうに、というか気まずそうに続けた。

「別に、今の関係が嫌ってことじゃなくて・・・その。
前よりも大事に?されてることは分かるし、態度にも表れてる。
もっと、なんか冷たいままっていうか彼の愛情表現って分かりにくいって思ってたから
その辺り不安だったんだけど、そういうわけでもなさそうだし。
でも。うー・・・・」
「そこだよ。重要なのは。あのシャーロックが君には甘えてる。いいじゃないか。人間らしくなって。
ちゃんと君を特別視してるってことだよ。」
「そうなんだけどさー・・・」
「乙女心は複雑ってやつか。」
「乙女って年でもないけど。」

うーん、と言ったまま机に伏せてしまった。
シャーロックは朝からヤードに行くと言って帰ってきていない。
時計を見れば夕方の5時。
僕は今日、

「そうだ。。」
「なに?」
「僕、今日、夜勤なんだ。」
「あ、そうなの?じゃあご飯いらないね」
「うん。まぁ、それはそうなんだけどさ。二人きりだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「進展しなくてもいいじゃないか。とりあえず二人きりで、ちょっと向き合ったら
もう少し、踏み込んだ関係になるかも。」
「・・・・・・・期待できないし、無理じゃない・・・あのシャーロックよ?」
「・・・・それは・・・君の頑張りようじゃない、かな?ちょっと強気でも大丈夫だ!と思う!」
「なんで・・・?」
「だってあいつ、童貞だから。」
「っ・・・・・ちょ、そこは・・・そこは触れないで来たのにっ・・・・・くく・・あははははっ」

共同スペースに彼女の笑い声が響いた。
ついで、僕も笑う。
学生みたいな下品なネタで笑うのも久しぶりだ。
そのネタがフラットメイトって言うのもおかしなはなしだけど。
笑い声に混じって足音が聞こえてくる。

「噂の彼が帰ってきたね。」
「やばいっ・・・私、顔見れない・・・っ」
「とりあえず、笑うのやめたほうがいい。追求されて、逃げ切れる自信ある?」
「ない!」

がちゃん、とドアノブが回されて扉が押される。
不機嫌そうなシャーロック・ホームズの顔を見れば
今日も収穫は無かったと見える。