「ジョン!この事件、僕らが解決するのは間違いないが、もっと面白い奴を連れてこよう!」

シャーロックが目を輝かせてこう言った。
僕はと言えば、呆れかえって物も言えない。
そもそも言いだしたら止まらないし、言わなくても止まらない奴だからだ。
シャーロックの言う「面白い奴」がどうか彼よりも変人で言葉の通じない人じゃないことを願いながら
タクシーを止めるために道路へ出る。
木枯らしが吹く10月。外れかけたコートのボタンをかけ直して
右手を上げる。



そもそも、シャーロックが出る幕もないような事件だった。
人が一人殺された。女性が一人。
犯人は間抜けにも監視カメラに映り、去って行ったのだ。
所謂、気が動転して、と言うことだろう。
しかし、顔は映っておらず体格と殺された被害者の関係から
5人の男の名が上がった。
シャーロック曰くこの中の一人が絶対に犯人で
その他には容疑者はいないということだった。
5人にそれぞれ聞いてみれば
全員に動機があったのだ。
彼女は5人と付き合っていた。
同時に。
それぞれがそのことを疑い始めていたが
口をそろえて「自分は殺していない」の一点張り。
こうなると警察もお手上げで
シャーロックに話が舞い込んだと言うことだ。
しかし、こんな簡単で面白くない当て物みたいな事件にかかわるはずもなかったが
彼にとって久しぶりに舞い込んだ仕事なので
それなりのテンションで事件に向かっていた。
それで、冒頭の台詞に戻る。

「どこまで行くんだ」
「すぐそこだ。」

彼はそれから一言もしゃべらなかった。
彼と会話が成立しないのはいつものことだったので
黙ったまま過ぎゆく風景を眺める。
と、突然、タクシーが止まって
シャーロックが降りて行ったので慌てて降りる。
あるマンションの前にやってきた。

「アパート?古そうだな。その友人がここに住んでるのか?」
「ああ。まぁこのアパートも、そろそろ建て替えらしい。」

アパートの入り口に貼ってあった建て替えを知らせるポスターをはがして
僕の方へ乱暴によこす。
そろそろ、と言っても後2カ月ほどしかない。
がつがつと彼はマンションの中へ入っていく。
ぎ、と階段は音を立てる。
姿が見えなくなって慌ててポスターを元の場所に貼りなおして、シャーロックを追いかけると
彼は、

「おい!シャーロック何してるんだ!」
「静かにしろよ。気付かれる。」

ピンセットのようなもので鍵穴をガチャガチャやっていた。
廊下はシンとしていて
ホラー映画のワンシーンのようだった。
そうじゃなかったらサスペンスだろうか。
どちらにしろ、いい雰囲気とは言い難い
声をおとして彼に話しかける。

「開けてもらえばいいじゃないか!」
「開けてくれるはずないだろう。」
「友人じゃないのか?」
「旧友?学友?世間の言葉を使うならそんな関係だ。」

ガチャ、とひときわ大きい音がして
シャーロックはそっと音をたてないようにドアノブを握って押した。
カチャ、と小さな音が聞こえた後、きいと扉が開く。
シャーロックは嬉しそうに笑い、立ち上がって部屋の中へ入って行った。
部屋の中は・・・乱雑にも程があった。
引っ越しの用意をしていたのか。見渡す限り、紙の山だ。
書籍と新聞とコーヒーカップとレポート用紙がごちゃごちゃと広がっている。
リビングには誰もいない。

「シャーロック、誰もいないじゃないか。」
「この時間ならまだ寝てるか・・・それとも、」

と言いかけてシャーロックの向こう側に或る扉がゆっくりと開かれる。
あ、と声をかける前に

向こう側から出てきた人物が

「シャーロック!」

何か黒い物を握りしめて彼の頭に振り下ろした。
ガツン、と大きな音がして彼はくずれ落ちる。
その人物は身をひるがえして僕に何か黒い物を押しつけた。

「・・・・・・・・・・・・・こんな部屋に不法侵入?何しに来たの?警察呼んでもいいのかしら?」
「ち、違うんだ!落ちついて!僕らは」

黒髪に白い肌。
ブルーの瞳がこちらを見つめた。
身長は僕より小さかったが目の前に突き付けられたのは銃口。

「・・・・ジョン・・・?」
!?ということはここは・・というか、君は・・」
「・・・・・・ちょっと・・・流石に不法侵入されたら銃くらい出すわよ・・ということは、これ・・」
「・・ロンドン1のコンサルタント探偵だね。」
「・・・・・・・・ジョン、コーヒー飲む?」
「・・・・・・・ああ、頂こうかな。」
「その前にその探偵をソファに移動させといて。着替えてくるわ。」

気が動転してよく見ていなかったが彼女はワイシャツ一枚だった。
ボタンは2つほど開けられて
白い足が伸びている。
思わずば、と顔をそらしてシャーロックを抱き上げることに集中するように見せた。
が、ワイシャツ一枚の彼女が銃を構えているシーンを思い出すと
なんというか、スパイ映画に出てくるような、と思って
また顔が赤くなった。
僕の顔色が普通に戻るくらいの時間がたってから
彼女はタートルネックとスカートにタイツと言った
オーソドックスな格好で、さらに化粧をして出てきた。
ロンドン1の天才はソファの上でぐったりしたままだった。