喧嘩をするような性格ではないと思っていた。
スリザリン寮5年生のは喧嘩をするような性格ではない。
敵も味方もない。寮を越えて、友人関係を持っているし、男子生徒からの人気も高い。
成績も優秀。だから、グリフィンドールのMiss.グレンジャーと喧嘩をしたと聞いて、それなりに驚いた。

「何をしたのかね、Miss.

彼女は、自分の机の前に静かに立つと、どうして怒られているのか分からないと言った顔で自分の事を眺めていた。

「答えなさい」

少しばかり考えてから、はまっすぐ自分の目を見て言った。鈴の鳴るような声で、言った。

「ハーマイオニーが泣いていたんです」
「聞いた話では君が泣かせたと」
「いえ、中庭で、一人で泣いていたんです。ハリーもロンもいなかったから。だから声をかけたんです。」
「それで?」
「誰かに『穢れた血が図に乗るな』って言われたって。古代ルーン文字学で一番とったから。
だから聞いたんです、『貴方の血は本当に穢れているの?』って。」
「・・・・・。」
「ハーマイオニーは違うって、言ったから。だから『じゃあ泣く必要はないわね』って言ったら、
グリフィンドール生が騒ぎたてて。ハーマイオニーは弁明しようとしてたけれど、

気がついたら私、一人になっていたんです」
「Miss.グレンジャーは慰めてもらったと言うのにどこかへ消えたと」
「うんん・・・?そうなる?んですかね?」
「結構。寮に帰ってよろしい」
「罰則は」
「何か罰則が必要なことがあったかね?」
「いいえ、でも先生と二人きりになれる罰則ならいくらでも」

流れるように、歌うようにそう続けられて、一瞬言葉に詰まり、彼女の眼を見返すと、
やはりは静かにこちらを見て、少し笑みを浮かべているだけだった。
その笑みは遠い昔に大切にしていた人の笑顔に似ていた。彼女も、優秀で優しかった。

「失礼、何といったかな?」
「先生に呼ばれるなんて、めったにないから。魔法薬学で一番をとっても先生、部屋に読んで下さらないでしょう?
だからとっても今日嬉しくて。ハーマイオニーには悪いけれど。」
「・・・Miss.
「はい、先生」
「寮に帰って、よろしい」
「はい。スネイプ先生」

そう言っても彼女は静かに笑うだけだった。それが秋の初めの話だ。



冬になり、長期休暇に入った。いつもは騒がしい校内も静かになっている。
残っている生徒は数名。スリザリンでは一名。毎年、スリザリン寮で残る生徒はいなかった。
なのに、今年は5年生が一人、残っている。

「何故、帰らなかったのかね、Miss.
「今年、両親の20年目の結婚記念で、2人っきりで旅行に行くって。
家に一人でもいいけれど、校長先生が城に残ったらどうだって言って下さって。だから・・・」
「・・・・結構。」
「それに、先生とも一緒に過ごせますし」
「・・・・」
「残った教師と生徒でクリスマスパーティーするって校長先生が」
「・・・・・・」
「教師は全員参加だって校長先生が」

そう言って、彼女はふわりと笑った。



何年かに一度、こういう生徒が現れる。追いかけまわされることも、部屋に入り浸られることも、あった。
あったが、卒業が近づき、卒業すれば、時折、手紙を送ってくる程度になる。
大抵の場合は、考えたくもないが、自分に父や兄を重ねているのだと分かっていた。
しかし経験が少ない生徒に取って、それはいつしか「恋」だと錯覚する。
だからある程度話し相手になってやり、適当にあしらえば、不安も錯覚も消え去るものだ。
しかし、彼女は違った。は追いかけまわすことも、部屋に入り浸られることもない。
ただ、話をすると、少し笑う。それだけだった。懐かしさを感じる笑顔で、自分のことを見るだけだった
小さなクリスマス・パーティ中も彼女はレイブンクローの友人と話していたし、プレゼントをもらって嬉しそうにしていた。
普通の生徒のようだった。パーティが終わった後も、呼びとめられることもなかった。
まるで自分が期待しているようで、嫌になる。
そして彼女が錯覚を抱いているというのは、勘違いだったかと、そう思い、自室に戻った。
机の上には最後に生徒に提出させたレポートが山積みになっていた。
三分の二は読むに堪えないものだ。自分にとってクリスマスはなんでもない。
敬虔なカトリック信者でもない。明日までに半分は終わらせようと、羽ペンを握る。



カタ、と物音がして、自分がうたた寝をしていたことに気がついた。
ここはホグワーツの城。かつて、命を狙い、狙われていたような時代だったら
飛び起きて杖を構えたが、それはあり得ない。
クリスマスの真夜中に、部屋に忍び込むのは誰かと気になり、うたた寝フリを続ける。

「先生?寝てらっしゃる・・・の?」

その声には聞き覚えがあった。鈴の鳴るような声。

「メリー・クリスマス、スネイプ先生」

小声で続けられて、起きても良かったが、彼女が何をしに来たか気になり、そのままタヌキ寝入りを、と動かないでいると

「っ・・・!」

瞼に柔らかい感触があり、思わず飛び起きてしまった。
彼女は、今、何をした。
「先生もタヌキ寝入りされることがあるんですね」
「Miss.
「お怒りにならないで、先生、今日は救い主が生まれた日ですよ」

白い指先が自分の唇を抑えて、椅子に座ったまま、後ずさりする。

「先生、あと2年待っててくださいね。きっとそのころにはもっと綺麗になってますから。
だからそうしたら、私ははっきりこの気持ちをお伝えします。そうしたら先生もきちんと向き合って下さい、
大丈夫、これから2年、悩んでいただいて良いです。
私はいい子ですから、在学中に先生を困らすような事はしないわ。2年。2年で成長します。だから」

それは彼女がはっきり自分に気持ちを告白しているのと同じような内容だった。
しかし、最後の言葉だけは、少し唇を震わせながら、続ける

「『誰か』と重ねるのはおやめになって、を見てて下さいね」

彼女は狡猾なるスリザリンの生徒。気がついたときには蛇の手中。彼女に虚偽や秘匿は通じない。

「ベッドで眠ったほうがいいですよ、先生。おやすみなさい」

もう逃げられないのだと、悟った時にはもう遅いものだ。