真夜中に、ベッドを抜け出そうとした
の気配を感じて、捕まえた。
「せんせいは寝ててくださいね」
彼女は寝起きが悪い。血圧が上がらない体質のせいだろう。舌足らずな声でそういった。
「何処へいくのかな」
「芸術は思い立った時にすべきなんです・・・」
「・・・・私もいこう。」
「だめです、よ。」
彼女は眠そうに目をこすりながらガウンを引きずって部屋を出て行く。
彼女の作品の証人になりたいのならば、今すぐ起きて身支度をすべきだ。
が森の中を歩いていく。手にはカゴをもって。
人気のない、静かな森だ。
時間は早朝。まだ誰もいないし、きっと誰も来ない。
のことだ。十分に調査してからの行動なのだろう。
籠の中には色とりどりの花が入っていた。
木々に囲まれた中に、妙齢の女性の遺体が横たわっている。
傷も付いておらず、致命傷のナイフの跡は、綺麗に止血されていた。
は鼻歌を歌いながら手袋をすると、遺体を細工していく。
鼻歌はカルメンのハバネラ。遺体は白いワンピース。
あまりにもかけ離れた情景だった。
花を周りにまき、死化粧を施し、胸元に林檎をおいて彼女は立ちあがって、それを見た。
手早い行動はきっと何度も何度も脳内でシュミレーションしていたのだろう。
動きに迷いなど、ひとつもなかった。
「綺麗。」
うっとりした
の声に現実へ引き戻される。
確かに、それをみている彼女の横顔は美しい。
「
」
「はい?」
「カルメンは何処で覚えたのかな?」
「フランス語は喋れませんが、ハバネラだけは歌えるんです。」
は手袋をはずして空になった籠に入れる。
彼女の手は美しい。
「先生?」
この白い指先で殺される時、いったいどのくらいの幸福を味わえるのだろうか。
手首に唇を寄せる。花の香りが心を満たした。
一瞬だが、ほんの一瞬、この手に殺されて見たいと言う欲望が心の隙間から顔をのぞかせる。
「先生、帰りましょう。それから二度寝するんです。ね?」
はするりと私の腕をとって、来た道を戻って行く。
足跡を消しながら、二人でゆっくり、散歩しながら
朝日が昇って来た。ああ、あの遺体は太陽の光を浴びてこそ完成することだろう。
今日のウィルの診察はきっとあの遺体の話になるはずだ。
犯人の見つからない、童話連続殺人事件。
童話の書き手は、私の隣で、まだ恋の歌を歌っている。