艦は安定区域に入り、デッキにいるのは交代の新人操縦士と数人の部下だけになった。
いつもそこに座っているベテラン操縦士は安全区域に入ったところで交代させた。

「安定区域に入りましたキャプテン」
「操縦を自動操縦に変更、これより船は徐行を続ける」
「操縦を自動操縦に変更、徐行開始」
「あー疲れた!」
「キャプテンはどうぞ休眠して下さい」
「ほんと?何かあったら連絡頂戴」
「はい」

一応、時間帯としては「夜」なので住居区域の廊下は静かで薄暗かった。
宇宙空間には「夜」や「昼」の感覚はないけれど、
それではクルーの生活リズムが崩れるので住居区域はキチンと地球時間通りに消灯される仕組みになっている。
久しぶりに帰った自室は殺風景なものだった。
ブーツを投げ捨てるように脱いで服を脱ぐ。
制服は楽だが、着ている間はやはり、仕事中という意識が高まってしまって肩がなんだか凝り固まってしまう気がする。
シャワー室から出て、冷蔵庫を開ける。
ビールのふたを開けながらベッドに座って一口。
次の補給までまだ結構な距離があるのでビールは節約していかなきゃならない。
誰もが寝静まっている時間だ。これから明日の昼くらいまでは眠れるだろうか。
冷蔵庫にビールを片付けて早々にベッドに入ると、身体は自然と眠りに入る。



暗闇の中で気配がしたのは真夜中だった。
眠ってから三時間ほどだろうか。
誰かが、部屋に、いる。レーザーガンへそっと手を伸ばして、暗闇の中で目を凝らす。

「無駄だ

背後から声がしてレーザーガンを抜いて構える。

「誰っ!」
「私だ。撃っても無駄だ、やめておいた方がいい」
「・・・・・カーン?」

髪をかきあげて、ベッドサイドの電気をつけようとしたら、そっと大きな手がそれを制した。
彼は暗闇でもよく見えているはずだが、私にはよくわからない。距離感や目が慣れるまで少しかかるだろうと思う。

「どうしたの?」
「・・・・・分からない」
「貴方、明日まで休みじゃない」
「そうだが」
「どうしてここにいるの。ロックかけたのに・・」
「その程度のものが私の前で機能すると思っているのか」
「そうですけれど、貴方一応、この船の艦長の部屋に忍び込んだのよ?理由を言いなさい」
「……夢を、見ないんだ」

ぎ、と広いベッドが沈んだ。きっと彼が座ったのだろう。
手さぐりで近づくと、広い背中に行き当たった。

「夢を見ない?」
「以前、眠っていた間は、夢を見た。家族と共に、生きる夢を。」
「うん」
「家族がそばに居る今、私は夢を見ることができなくなり、私は弱くなってしまった」
「どういうこと?」
、これが不安という感情だろう」

クルーのためだけに復讐を望んだ男は、復讐を果たせず。
クルーを起し、自分も起き、再び宇宙へ出た男は、安全と安心の中で、無性に不安を抱いている、そんなところだろうか。

「それが、人ということよ。見えない未来に脅え、幸せとその幸せを失うことを恐れるの。

特に貴方は、一度、家族を失いかけたから」

広く、強く、凛とした背中をそっと撫でる。

そして、ゆっくり引き寄せて、腕の中に入れる。
一人で何百という人を殺せる男が、今、私の腕に抱かれている。

「眠れないのね、カーン」
「眠らなくても支障はない」
「じゃあ、一緒に居ましょう。体温は人を安心させるのよ。」

いざなうようにベッドにスペースを開けると、

彼は少し考えたあと、素直にベッドに入ってきた。
クッションに背中を預けて、自分よりずっと大きな人間を抱きしめる。
彼は、私の心臓の音を辿るように聞いていた。

「生きている。」
「そうね」

ずるずると、頭が私のお腹辺りまで下がっていくのを、
眠りからはっきり目覚めていない頭で眺めていた。黒髪を指で撫でる。

「人はここから生まれ、ここに戻る」

キャミソールの間から大きな手が差し込まれた。
それは愛を知らずに作られたヒトがそれでも愛を探しているようにも見える。
悲しい、生き物だ。
私のお腹に、彼の頭がすりよせられた。

「私はここから生まれず、ここに戻る資格はないのだろうな」

カーンが私のお腹にキスをする。
不可能を望む、哀れで愛おしい子どもに見えた。
何故か分からないけれど、涙があふれる。

「そんなことないわ、そんなことないのよ、カーン」
、どうして泣いている」
「貴方が、哀れで、可哀想で、愛おしいから。」

顔を上げたカーンは慌ててあふれ出る涙を指ですくう。
こんなに美しい人が、どこにいるというのだろうか。
ただ、愛を求めてさまよった、哀れで美しい、放浪者。