ウィリアムの機嫌は最高に悪かった。
私がヘアセットを終わらせる頃には機嫌が治っているようにと願っていたが、それは叶わず、
じゃあドレスを着るまでには治っているようにと祈ったけれど、これもまた叶わなかった。

「誰のために着飾っているんですか」

ソファに座って、動かない。
ターゲットが会場に着くまで、もう少し時間がある。
私は、ソファに近づいて、ウィリアムの膝に腰をおろして、
胸元にある顔を上げさせる。

「ウィリアム、お願いだから作戦通りにやらせて頂戴」
「僕は聞いているんです。さん。誰のために、着飾っているのか」

機嫌の悪い時のウィルは少しだけ、怖い。静かで、清らかで、澄んだ怒りだ。
10個ほど年下の彼氏は、任務も作戦も無視してここまでやってきた。
任務が任務なら死んでいるかもしれないのに。

「ウィリアム、けして危険な任務ではないの。ターゲットを眠らせて、車のトランクに入れて、運ぶだけ。
ね?そうでしょう?どうしてこんなところまで来たの?」
「ターゲットの女癖は最悪だ」
「有名な話ね」
「貴方でなくてもいい」
「ええ。でも私でもいいわ」
さんは、その男を眠らせる目に、彼の部屋へ行くでしょう」
「そうね。きっとそうなる」
「シャワーは浴びる?」
「その前に片付ける。けれどドレスくらいは脱ぐかもしれないわね」

眼鏡の奥に青白い怒りの炎が見えた。
本当の事を言わなくたってもいいんだけれど、嘘をついても仕方ない。
ウィリアムだって分かってる。言ったって仕方のないことだって。

「そうよ、そうそう。馬鹿みたいな成金親父に色気使うために嫌いな色のドレスを着て、香水ふってメイクしてるのよ私。それが仕事だから」
さんの仕事は諜報活動だ」
「私の仕事は国のために働くことよ。少し秘密裏にね。ウィリアム、わがまま言わないで。」

彼のシェービングの香りがする。何日ぶりにヒゲをそったのかしらね。

「出世したら貴方を僕の部署に回します」
「私コンピューターとかよくわからないから減給されちゃうわ」
「じゃあ辞めてください。僕と結婚しましょう」
「随分話が飛んだわね。この会話は本部に聞かれてるのよウィリアム。私のクビが飛びそうだから軽率な発言はやめて」

『いちゃついてるところ悪いんだが、ターゲットが会場に着く』
「ほら、7から連絡だわ」
「老犬がパートナーなんて本当に大丈夫なんですか」
『聞こえてるぞ、Q』 
「聞こえるように言ったんです」
「じゃあ、ウィリアム、もし、私が出て行った後、ここにくる撤収班と一緒に本部に戻って私の帰りを待てるなら、貴方と一緒に住んでもいいわ」
「僕が帰る場所が貴方の帰る場所になってもいいってことですか!?」
「廻りくどい言い方は兄弟みんなそうなの?」
、子犬を黙らせて降りてきてくれ』

本当に行かなきゃ、と立ちあがったら、ウィリアムが私の右腕をつかんでひっぱった。

「ちょっ!」

がぶ、キスとは言い難い後の付け方。右腕に赤いキスマーク。

「ウィリアム!」
「子犬にかまれたんです。」
「噛んだのは貴方。」
「約束忘れないでくださいね」

私は、振り返らずに部屋を出る。数分後には撤収班が来て、毛髪からウィリアムまで全て回収して本部へ戻ってくれることだろう。
煌びやかな階段を下りると、7がこちらを見て笑った。
ウィルの機嫌が悪い理由は成金親父がターゲットだということと、
成金親父は人妻が好きだと言うこと。
そして今日の旦那役は007だからということ。全てが原因だ。

「甘やかしすぎだ」
「可愛いでしょう?」
少し痛む右腕に思わず笑ってしまう。