お風呂上りに最近買ったボディクリームを足に塗りこもうとソファに座ったら、
椅子に座って長い指を口元に当てて、何かを考えているような先生と目があった。
彼が何を考えているのかなんて、分からないし分かりたくないから、
私はその視線を無視して、ジャスミンの香りがするクリームを指先に掬い取った。

今日の鴨は格別美味しかった。先生はそれが鴨だと言ったけれど、私はそれが鴨ではないと言うことに気付いていた。
でも二人で笑って、それから食べた。食べることは生かすことだ。でも私は、殺すことに快感を覚えるようなそんな悪い子である。



先生は私が香水をつけるのを嫌がる。寝癖を直すローションだって嫌がる。
石鹸やシャンプーは先生がいいといったものしか使えない。
だから、このボディクリームだって絶対駄目だって言われると思っていた。
でもパッケージが可愛くて買ってしまった。買ったからにはやっぱり、使いたいの。


「・・・・・はぁい。」
「それは何の香りなのかな」

先生は立ちあがって、私の隣に座った。
それから髪を一房手に取った。まだ生乾きだ。これも先生は駄目って言う。でもちゃんと乾かすのは面倒なんだもの

「えっと、ジャスミンですね」
「それを?」
「足が乾燥しないように足にぬるんです。いや、前身使えるけれど、最近足が乾燥するから・・・」
「私がやってもいいかな?」
「え?」

先生がやる?こんなに人工的な香りがするものなのに?ほんとに?

「・・・・構いませんけど・・・」

先生はにこりとわらって、腕をまくった。
それから丁寧に私の指先に付けたクリームを自分の手のひらに広げて、私の足をつかむ。
大きくて暖かい手が私の足をゆっくり滑って行く。

「まるで女王様になった気分です」
「それはよかった。女王陛下」
「先生の指は綺麗ですね」
「そうかな」
「ええ、絶対そうです」

右足が終わって、左足のかかとをつかまれた。びくっと身体が動く。少しこそばゆい。

「動かれては困ります女王陛下」
「だめ、せんせい。こそばいっ」

先生は上機嫌のようだ。先生の指が私の足をつかんでなはさない。ついでに私の瞳も。

「まるで肉をさばくような手つきですね」
「・・・慣れてるからね」
「そうですね」
「君も慣れてる」
「私は殺すのは上手くても捌くのは駄目ですね。苦手です。」
「何の話をしていたんだったかな?」
「鹿の話ですよ」

誰も聞いていないのに、2人で秘密にベールを何重にもかけて話す。
先生が足の甲をじっと見つめて、撫でた。
まるでいつくしむような瞳だ。

「先生?」

「はい」
「名前を。」
「・・・・・ハンニバル?」

彼は私の声を、目をつぶって陶酔しているようだった。先生は時々こうなる。
そうして、私の足の甲にキスを落とした。よかった。お風呂上りで。

「足の甲にキスする意味を、先生はご存じですか?」
「知らないな」
「先生にも知らないことがあったのね」
「教えていただけるかな?女王陛下」
「足の甲にキスするのは隷属を意味するのよ、先生」
「実に背徳的な行為だな。背徳的な行為は人を誘惑する」
「素敵ね、先生」
「とっても。」

先生が私の頭を撫でる。気持ちがいい。とっても。
頬をつたって、指先が唇を掠める。
ジャスミンの香りに包まれた。

「もう一度、名前を呼んでくれないか
「・・・・名前を呼んで差し上げたら、今度は唇にキスしてくれますか?」
「喜んで」
「・・・・ハンニバル」

先生は私の唇に優しくキスしてくれた。
先生からも、私の同じ、ジャスミンの香りがする。

「先生、だいすき。」
彼は仮面の向こうで笑った。