朝、なんとなくぱちりと目が覚めた。
何かに違和感を覚えながらもベッドから降りる。
大学は単位の取得数と飛び級の関係でしばらく余裕がある。
時々、大学行って研究とかもしてるけど、朝早くに起きる必要は特にない。
悠々自適の生活である。
さっさと卒業したいなーなんてくだらないことを考えながら部屋着のままリビングへ。
どうせ叔父様は寝てるか研究室でしょう。
バナー博士がここに泊るようになってから子ども同士が空想大冒険を語るように
研究室でこもりっぱなし。

「おはよー」

籠ってる間はジャービスと二人きりでそれなりに幸せな新婚生活・・を送っている。
結婚してないけど。相手、アンドロイドだし。

【お  はよ   ござ   す。  様。】

ジャービスは相変わらずパリッとスーツを着てポットでお湯を沸かしている。
マグカップを用意する辺りまでは最近、出来るようになったけれど
やっぱり指先の繊細な動きって言うのは難しいらしい。
そんなことよりブツブツと切れる言葉とノイズ音が気になる。
と寝ぼけ頭で考えて、今朝の違和感に気付いた。
彼の声で目覚めなかったからだ。
朝は、彼の声か、もしくはボディが起こしてくれる。
今日はそのどっちもなかった。

「・・・」
【申し   訳あ   ませ  。】
「音声データおかしくなった?」
『そのようですね。本体の声帯部分に障害が。』

目の前のジャービスはそのままに天井から声が聞こえて
ちょっと体がびくついた。
食器棚から紅茶の缶を引っ張り出しながら音声と喋る。

「目の前にいるのに天井から声が聞こえるって変な感じ。」
『申し訳ありません、破損部分を調べましょうか』
「調べてー」
『・・・・・・・・声帯部分のスピーカーとプラグの接触不良のようです』
「・・・そっか。」
『こればかりは私にもどうすることもできませんね。トニー様がお帰りになられたら』
「叔父様いないの?」
『本日は会議で出勤なさいました。』
「そっかー」
『ええ。ボディの方は動きますので音声のみこちらで、その他の用事はそちらにお申し付けください』

と言いつつジャービス(本体)はお湯を止めて用意したマグカップに注いでくれた。
指先の電気信号をもうちょっと繊細に出来ればお茶の用意くらいはできると思うんだけどなー
ぼんやりとジャービスを見つめてたら、ゆるく彼が笑った。
表情筋のパターンってどのくらい登録されているのか知らないけれど。
でも私に向けるその顔はすごく好き。
それが登録されてるものでも、すき。
だから貴方ともっとお話ししたいのよ。目に見える貴方と。

「ジャービス脱ぎなさい」
『はい?』
「ああ、やっぱりやめて、ここだと駄目、道具がないわ」
『・・・・・様?まさかとは思いますが』
「直すわよ。」
『・・・・・・・・・』
「やめてその沈黙。これでも叔父様と同じMITの学生ですー」
『・・・・・・了解しました』
「なによー!不服なの!」
『何も申しておりません。』

目の前のジャービス(本体)はゆっくり立ち上がって自ら叔父様の研究室へ。
私もそのあとをついて行く。
ジャービスに体が出来る前から、ジャービスに恋した馬鹿な私は
ジャービスに体が出来てから、もっと貴方が好きになった。

「脱いで座って」
『申し訳ありませんが、ボタンが外せません』
「んーじゃあ座って。」

ジャケットを預かって床に座らす。工具箱をとってきて、そばに置くと
伸ばされた足の上に座ってボタンをはずす。
なんかなーちょっとなー恥ずかしいんだけどなー

『・・・・・・・・・・』
「なによ。」
『いえ。なんでもありません』
「あんまりこっち見ないで!恥ずかしいから!」

青いガラス玉が私を見つめてくる。やめてほしい!
文句を言っても閉じない瞼にしびれを聞かせて監視カメラを見つめる。
なんだかちょっと嫌な予感が脳裏をよぎった。

「・・・・・ねぇ。ジャービス」
『はい』
「撮って・・・ないよね」
『・・・・・・・・』
「ジャービス!!!!」
『本体とこちらで記録させていただきました』
「頂きましたじゃないよ!!!!!!」
『なかなか・・・・いいですね。コレ』
「ジャービス!」

シャツのボタンをはずすと後は勝手に腕を抜いてくれる。
上半身裸の男(アンドロイド)を前になんだかちょっとやっぱり恥ずかしい。
だって人間なんだもん!見た目も肌触りも人間なんだもん!!!!!
しかし恥ずかしがっていては直せない

「ううううう」
『早く直してください、様』

ジャービスの身長の設定はずいぶん高いから私が座ったら丁度喉のあたりが顔の前に来る。
小型レーザーで表面のコーティングをはがしていけば、見えてきたのはチューブの束と音声スピーカー

「本体で喋ってみて、プラグの先を交換してみるから」
【  解し  い し  た】
「もういいよ。変えたらもう一回しゃべってね」

やっぱり彼の声はぷつりぷつりと切れてしまう。
工具箱を開いて問題のプラグを切ると全く声が出なくなった。
先をつなぎ直してもう一度差し込む

【愛しております様】

直した瞬間、こめかみへのキス共に耳元でささやかれた。

「っ!ほ、他に無かったの!?」
【正常になりましたね。外部コーティングはこちらでやりますので。】
「へ・・・あ、う、うん。」

真顔で立ち上がると彼はジャケットとシャツを持って何処かへ消えて行った。
どっかって言うか、叔父様がスーツ作るときの機械工場なんだろうけど。
一体この屋敷のどの部分にそれがあるのかよくわからないけれど。
どっかにあるんだろう。
帰ってくる前に急に囁かれた愛の言葉に動揺した頭と顔をなんとかしなくちゃ

「・・・・・・どうしたんだ
「っ!おおおおおお帰り叔父様!」
「顔が赤いぞ」
「なんでもない!」
「J,」
『お帰りなさいませ。只今、ボディは外部コーティングを行っております。』
「なんだ、どうしたんだ!」
『ボディ内部の声帯スピーカーが不具合を起しまして。様が修理を』
「・・・直したのか」
「接触不良だもん、プラグの先変えるだけだよ」
「・・そうか。分かった。ジャービス、直ったらコーヒーを入れてくれ。私は疲れた!」
『かしこまりました』

ブツブツ文句を言いながら叔父様はリビングへと上がって行った。
なんだか急に叔父様が現れたせいで落ちついたので私は工具を片付けて立ち上がる。

【お待たせしました。ありがとうございました、様】

「いいよー・・・・・・・・・」

ジャービスはやけに爽やかな笑みを浮かべて二階へと上がって行こうとしたのを
右腕をつかんで止めた。彼は簡単な力で止まってくれた。

【いかがなさいました?】
「スーツ・・・」
【着れますよ。毎朝きていますから。】
「・・・・・!」
【ちなみにコーヒーも紅茶もいれられます】
「ジャービスっ!!!!!!!!!!」

冷静になってみれば、このアンドロイド、自分の服だけだなくて私の服も脱がしたことあったっ!!!!!
さっきの胡散臭い笑みを浮かべるジャービスは私を抱き上げて、また笑う。

【申し訳ありません。なかなかかわいらしくて。まさか本当に脱がして下さるとは思ってなく】
「紅茶は!!!!」
【貴方が半分用意して、私が半分用意する朝の行動に、愛おしさを感じておりましたから】
「むかつくっ・・・!!!!」
私を片手で抱き上げて飄々と階段を上がって行くジャービスの肩を殴る。
AIにしてやられたのが悔しくて、パターンでも何でも私と一緒に何かしたいと思ってくれたのが嬉しくて
もう顔から火が出そうなのを彼の首に頭を押し付けてやり過ごす。

「J,なんだその荷物は」
【私の宝物でございます。かわいらしいでしょう】
「ずいぶんと愛されてるようだな」
「うるさい!!!!!!!」

この悔しさ、どこにぶつければいいのよ!