「よいしょ」
膝の上に乗って、向かい合わせで座る。
背中に長い腕が添えられた。
これが人間の恋人だったらちょっとした期待を持った行動なんだろうけど
なんせ、彼はロボットだから、ただ単に、後ろに倒れた時に、最小限の被害で済むように
みたいな事を考えてやった行動なんだろうな。
くすんだ金髪と深いブルーの瞳。
見挙げないといけないくらいの身長の彼。
ぺた、と頬に手を当てるときょとん、として見返してくる。
正直、あまり表情に変化はないのだけれど。
ぺた、ぺたと顔を触る。
人みたいなさわり心地。でも温かさはエンジンから漏れ出てる機械熱。
ぱちくりと瞳を開いたまま黙っている。
【どうされましたか。】
聞こえた声は、滑らかな機械音。
ほとんど、人の声。でも違和感はぬぐえない。
「んー・・・・、特に意味はないんだけど」
嫌?と聞けばいいえ、と小さく返ってくる。
私の行動が何の意味を持っているのか予測がつかなくて
困っているんだろう。そんなところはやっぱりAIらしい。
唇を触る。ぷにぷに人差し指で押してみる。
「本物みたいね。」
【トニー様が作るなら完璧に、とおっしゃってました。】
「おじさまの性格はちょっとアレだけど、こういうことに手を抜かないのは素敵と思う。」
【それ以外にも素敵なところは沢山ございます。】
「でも、性格部分は否定しないのね。」
【・・・・・・・。】
「・・・ジャービス、キスしたい。」
【Yes,ma’am】
ちゅ、と薄い唇が合わさった。
何度かついばむ。いっつもそうなんだけど、このキスの仕方って誰をモデルに
プログラミングしたのかしら。
【データーの中から選択してます。】
「・・・・・・・なんでわかった!」
【いえ、なんとなくですが。殴らないで下さい。ボディに支障をきたす恐れが】
「ただの人間がちょっとやそっと殴ったぐらいじゃ壊れません!」
ばんばんと殴っても、人の感触はしない。
それでもこのAIと恋をしている私は世界一の大バカ者なんだろう。
【体温が上昇しています。】
「わかってる!!!」
もう一度文句を言う前に、また端正な顔が近づいてきた
ちゅ、と子供みたいなキスから、段々と深いものへ。
「・・・・・ふっ・・・」
【・・・・・・・
様はこちらの方が好みのようですね。】
「セクハラ反対!!!!!」
【記録しておきます。】
「記録しなくていい!!」
【・・・・・・・いえ、記録しておきます。】
「・・ジャービス、もしかして今までのキスとか、その他もろもろ記録してたりしないよね・・・?」
【・・・・・・・・・。】
「消去しなさい!!!貴方が記録してるってことはおじさまも見ることが可能ってことじゃない!」
【トニー様が見たいとおっしゃらない限り、これは別のHDに記録しておりますので。トニー様が見ることはありません。】
「そういう問題じゃないの!」
ばちん、と叩いても瞬き一つしない。
表情はあまり変化がなく
体温はエンジンの機械熱
肌の感触は限りなく人に近い人工物で
声は人間の声と機械音を混ぜたようなもの。
端正な顔、深いブルーの瞳。
頭の先からつま先まで全て人工物。
中味だって。
おじさまが、作りだした天才人工知能。
そんな人工物と恋する私。
「ジャービスは私の事すき?」
【ええ。】
「ジャービスはおじさまの事すき?」
【はい。】
用意されたプログラムの中から答えを導き出すのではなく、選択できる【思考できる人工知能】
でも。やっぱりそこには心がないから。
【・・しかし、トニー様を脱がしたいなどと思ったことはありませんが。】
「・・・・・・・・あったらちょっとびっくりするわ。」
【ええ。そうですね。】
「じゃあ、私は?」
【・・・・・どうでしょうか。望まれるなら。】
背中からシャツの間に差し込まれた手先は、温かい。
人間の手だと錯覚するほどに。それはきっと恋が見せてる幻想だろうけど。でも、
心がなくても、別に構わない。
心がないなんて、誰が決めたの。
彼はちゃんとここにいて、おじさまを心配して、私を愛して、バナー博士と楽しく会話してる。
「次は、キスしたいなんて言わせないでね。」
【Yes, ma’am】
答えた声は、いつもより少し意地悪に聞こえた。