風の噂である殺し屋が死んだという話を聞いた。
この業界じゃ、良くある話だ。
気にいってた奴が10年前に死んでいたことを知らず
死ねばいいとおもう奴がいつまでも甘い汁飲んで生きてるような世界。
死体も帰って来ない事が多い。
どの依頼で死んだか分からないが、その殺し屋は政府関係の仕事を請け負っていて
死体が帰ってきて、墓をちゃんと立ててもらったということだ。
ファビアンがつらつらと聞いて来た話をそのまま喋る。
名前を聞いたがはっきりした記憶はなく、写真を見てああこいつか、と思い、かといって想い出はなく。
ウィスキーを傾けてぼんやりとファビアンが喋るのを聞いていた。
いい、奴だったと思う。確か。
ただ、甘い奴だったともいえる。確かに。

「墓参りに・・いったらどうだ。」

珍しくファビアンが意見した。
脳内まで筋肉でできてるような奴がどうしてだかぽつりとつぶやいた。
意見するな、と殴ってもよかったが
連日の依頼で疲れていた俺は、小さく答えた。
俺に墓参りに来てもらっても嬉しくないだろうに。
ああ、しまった。明日は特に依頼がない。
最悪だ。もう一度、ウィスキーを傾ける。

++++

朝起きると、外は静かに雨が降っていた。
ため息が漏れる。気が滅入る。気が滅入る日に墓参りか。
適当なスーツに着替えて、一応、ネクタイも黒いものを締めて、
花なんざ、いらねぇだろうなぁと思いながら玄関を開ける。
キッチンを見れば、開けてなかったワインが一本。
これでいいかと、握る。
ファビアンも一応、正装していた。似合わねえな
傘をもって突っ立ってる男が、命令されればなんだってする男が、一体なんで俺に意見したんだろうか。

「雨だなぁ。」
「・・・・・ああ。」

車に乗り込んで墓地を目指す。
仕事なら墓地は最適な場所だ。
広くて、見渡しが良くて、ターゲットが訪れやすい場所。
地獄行きが確定してる俺が、神がどうの、神聖な場所がどうのと言ってられない。
だが、こちらが墓前入りに行くとなると話は別だ。

雨だったからか、早朝だったからか、墓地には誰もいなかった。
車から降りようとすると、ドアを開けるはずのファビアンが動かない。

「おい、どうした。」
「俺は、行かない。ここで待ってる。」
「あ?てめぇが行けと言ったんだろうが。」
「俺が、言ったが、来たのは、ヘクターだ。」

車のハンドルを握ったまま、しっかり前を向いて、ぽつり、ぽつりと反抗する部下。
いつもなら、殴るか怒鳴るかするが、雨だからか、墓地だからか。
なんとなく、納得してしまった。
それに、ファビアンが、あの阿保が珍しく真面目な顔をしていたから
俺は、傘とワインを持って、外に出た。
静かで、冷たくて、いやなところだ。

墓の前に立つと、誰か知らが花を置いていた。
どうせ、同業者だろう。または、愛人か、または恋人か。
こいつに家族はいなかったはずだ。
こつん、とワインを置く。

「あんたは、俺に来てもらっても嬉しくなかっただろうがなぁ。」

墓石は答えない。墓石はワインを飲まない。馬鹿げてる。この俺が、墓参り。
しかもこの雨の中。早朝に。
遠くから、人の気配。女だ。ヒールを履いているせいで、ぬかるんだ土の上で歩きにくそうだ。
見なくたってわかる。殺せるか、殺せないかも、同時に分かる。

「・・・・あら。先客がいたんですね。」

さく、さく、芝生を踏みしめる音。

「ヘクター・・・ディクソン?さんじゃないですか?」
「・・・・・あ?あんたは?」
です。貴方との接点は、二回・・かな?
一度目は味方・・・というか同じ依頼を別の場所で遂行しました。
もちろん、私は貴方のバックアップだったんですけど・・。
二度目は、敵対してました。殺されるかと思ったけれど、頑張って逃げ切りました。
これは、私の生きてきた中で結構、自慢なんです!あのディクソンから逃げ切ったってね。」
「・・・・・・・・・・ああ、ベルリンか・・・・ありゃー、酷かった。
アンタは、俺が乗っていたヘリにランチャーぶち込みやがった。」
「あは、はい。肩外れちゃって大変でした・・すっごく痛かった。」
「地上30mから落とされた俺に言うのか。」
「ふふ、そうでもしなくちゃ逃げられなかったんです。」

。武器倉庫の。特に銃の扱いに長けた殺し屋。
派手な始末の仕方が好きで、爆弾を良く使うから、見せしめを求める依頼人に人気。
細い体に何丁もの銃を隠し持ってる。
下手に手を出すとなりふり構わず銃ぶっぱなすし、爆弾投げるしで暗殺者向きではない。

ふわふわと笑う笑顔に騙される依頼人が絶えない。低い身長と幼い笑顔の裏には火薬の香りが充満してる。
真っ黒のワンピ―ス。水色の傘。あの時より少しばかり大人にはなったものの、童顔だから何歳かまでは
予想がつかない。右手には花束。綺麗なブーケを持ってきた割にはぼすん、と乱雑に墓石へ投げる。

「ディクソンさんは、彼と知り合いだったんですか?」
「あ・・・いや。話の流れで・・・」
「いい人でしたね。彼。」
「甘い奴だったんだ。」
「でも。死んでから三人も墓参りに来てくれるんですよ?いい人だったんです。
もしかしたら、まだ来る人がいるかもしれません。私たちが死んでも、きっと誰も来てくれませんよ。」
「っは、死んでからの事なんかどうでもいいだろ。」

しとしと、と雨が降る。
冷たく、長い雨。
ロンドンの空はいつでも暗い。今日は特に暗い。
だから、やけに黒いワンピースの女がはっきりうつる。
傘の影から見える口元からは笑顔が消えない。ふわふわと、笑っている。

「ディクソンさんが私より先に死んだら、ワインを持ってお墓参りに来てあげますよ。」

きっと、意味はなかったんだろう。
この場の空気とか、話の流れで、ぽつりと言った。

「そうだな、よろしく頼む。」

だから俺も、この場の空気とか、話の流れで答えてやった。
女は、さっきよりも少し嬉しそうに笑った。