「おい、起きろ、。」

私の旦那様は業界でNo2の殺し屋です。
今日もお仕事で遅く帰って(ちなみに今は明け方の5時です)叩き起こされました。
寝てました。ええ、寝てましたとも!!!
眠気眼で起きて、コートやらジャケットやらを受け取ります。
返り血は浴びてません。プロですからでも、硝煙の香りがします。
いい香り、私は硝煙の香り、大好きです。ぎゅ、と握ってソファに丸くなります。
小さな抗議ですが、旦那様はどこ吹く風でどんどんと装備を外していきます。
きっとファビアンはもう家に帰ったころでしょう。

「・・・・うー」
「あ?なんだよ。」
「・・・・・・うー。」
「ちゃんと喋れ、俺は犬とは会話できない。」
「いまの、じかんを、ごぞんじ・・ですか・・・?」
「知らねぇな。」
「教えて差し上げます。朝の五時です。もう日が昇り始めています。」
「俺は明日?今日?依頼はない。から問題ないな。」

小指にはめているゴールドのリングが太陽の光にあたって光ります。
薬指のリングは控えめにきらりと光りました。
旦那様はゴールドがいいといいましたが私はシルバーかプラチナがいいです、と駄々をこねて、プラチナになりました。
強いですし、煤がついてもあまり目立ちません。まぁ手入れはしなくちゃなりませんが。
まぶしい、眠い。ねむい、ねむい・・・私は今日の夜中に家を出て、明日にはオランダにいなければならないのに。
時間はたっぷりありますが、体調や体力をメンテナンスしたり調整するのも、殺し屋の役目です。
銃と、一緒です。体は頭の先から指先まで、手入れはキチンと施さなければなりません。

「わたしは、きのうも言いましたが、オランダに行かなくちゃならないんです。」
「そうかよ。」
「ねむいです。」
「時間はあるな。」
「起こされちゃったら、睡眠時間がずれるじゃないですか!!!」
「今から二度寝すりゃーいい話だろうが。」

ソファに丸くなって、抗議します。
ホントは爆弾の一つや二つ、爆破したいんですが
眠くてそれどころじゃありません。ぼんやりします。
旦那様は不機嫌そうにソファをがつがつと蹴っていますが、私は怒っているんです!

「おい、起きろ。いや、寝るんだろ。寝室行け・・・?」
「私は怒っているんです!」
「そうかよ、じゃあいい、俺は寝る。」
「こんなに可愛い新妻が!怒っているんですよ!?旦那様は慰めるべきです!!!!!謝るべきです!!!!!」

硝煙の香りのするコートの隙間から、旦那さまの様子をうかがいます。
舌うちと少し考える動作。もし、まだ銃を持っていたら、流れるような動作で撃つんでしょうね。
私だってプロのはしくれ。当たりませんが。
階段をわざと大きな音を立てて数段上りました。俺は寝室で寝るってことでしょう。知りません!もう私はここで寝ます!
もう一度、盛大に舌うち。旦那様はつかつかと戻ってきました。

「おい。」
「・・・・・・・なんですか。」
「コート離せ。皺が入る。」
「・・・・・・嫌です。」
「あ?」
「・・・もう皺入ってます!遅いです!」

がつん!とソファの足が蹴られました。
が、けして私を殴ったりはしません。面白いです。
あの、ヘクター・ディクソンが私に手を出しませんでした。
ふわ、と体が浮いたと思うと彼は私を抱き上げて、階段を上がっていきます。
真っ黒の布の端から顔を見つめます。

「・・・ふふ」
「笑ってんじゃない。」
「・・・・ふふふ・・・・」
「おい。自分で歩くか?」
「嫌です。」

ぼすん、とベッドに投げられました。
二人には到底、広すぎるベッドですが、夫婦喧嘩のときは役に立っています。
端っこに寝ても、十分寝れるサイズですから。
旦那様はぐい、とコートを奪い取ってハンガーにかけています。
一人暮らしが長かったから慣れた手つきで皺を伸ばしていきます。
私はすっかり逃げて行ってしまった眠気をどうやって呼び戻そうか考えていました。
眠らなくても仕事は遂行できますが、間違ったところを爆破するわけにいきません。
勿論、そんなヘマはしませんが、準備は大切です。
プレゼンも下準備が9割です。人を殺すのだって、下準備がほとんどです。
旦那様は、やっぱり自分の事しか考えていないようでてきぱきと眠る準備をしています。
お互い殺し屋、最初のころは人が隣で眠っている時点で、緊張して全く寝れませんでした。
緊張と言っても、新婚夫婦の、あこがれの、あの甘い感じじゃなくて
どっちが先に動くのか、みたいな切羽詰まった殺気状態の中でした。
まったく甘くないです。がっかりでした。
まあ、そのあと、じゃあ疲れることをしよう。という安易な彼の考えにより、違った意味で
しばらく仕事を受けられなかったのは、もう、いい思い出としか言えません・・・
それも、甘い感じじゃなかったし。噛みつくのはやめてほしいです。場合によっては反撃に出るところでした。

「入るなら入れ。」
「あれ。シャワー浴びないんですか。」
「もういい、あとでいい、ねむい」
「んー、はい。そうですか。」

私もベッドにもぐります。広いベッドの真ん中に横になると昔見たホラー映画を思い出します。
広い部屋で、カーテンが揺れるんです。一人で眠っていて。
新婚当初は、さっきも言った通り殺気と緊張で眠れない夜が続きましたが
今となってはもう大丈夫です。安眠です。
旦那様は意外と体温が高いので私は今までよりずっと深く眠れてるくらいです。
旦那様はごろん、と私に背中を向けてしまいました。
よっぽど疲れたんでしょう。
殺し屋にとって疲れる仕事は、下準備が長い上にターゲットがなかなかポイントまで動かないときです。
邪魔が入るとか、イレギュラーがあった方がまだマシです。
きっと、今回は張り込みが長かったんでしょう。
きゅ、と背中にくっつきます。広くて、硬い背中です。身長は、多少低いですが。

「ディクソンさん・・・」
「あ?あんたもディクソンだろうが。」
「んー・・そうでした・・・」

どんなに疲れていても、彼は私のうわごとにちゃんと答えてくれるんです。
どんな時も。こんな時にこの人に愛されてるなぁって思います。

「おかえりなさい、です。」

あったかくって、安心するので逃げた睡魔は帰ってきてくれました。
ぐりぐりと背中に頭を押しつけます。
体に染みついた硝煙の香りが幽かに鼻をくすぐります。
大好きです。この香り、自分の体からするものと一緒だから。

「ああ、ただいま。」

ふふ、と笑いがこぼれます。
あの切れやすくて、プライドが高くて、人を殺す瞬間が一番好きだというヘクター・ディクソンが
ただいま、ですって。

私の旦那様は世界できっと一番、怒りっぽいです。
夫婦喧嘩は戦争と一緒です。結婚してから4度は家具を買い直すはめになっています。
でも、私はヘクターが大好きです。愛されてますから。
きっとNo1の殺し屋さんよりもずっと幸せな毎日を過ごしています。
平和なだけの新婚生活なんて、吹っ飛べばいいんです。
起爆装置なら設置してさしあげますよ!