「Mr,ホームズ。貴方はクリスマス・パーティー、出席するのかしら?」
つまらない講義が終わり、新しく学ぶこともなく無駄な時間を浪費してしまった午後。
鞄を持って、教室を出ようとしたら、後ろから声をかけられた。
教科書を握る演技、緊張した面持ちを装う、声はいつもより高く、僕の記憶に残ろうと必死になっている。
誰だったか。名前は全く分からない。
「・・・・クリスマス?」
「え、ええ。あの、学年でね、クリスマス・パーティーを学校でしようって。
クリスマスの日も、補習があるでしょう?皆家族とかの予定があるから、講義が終わってから
騒いで解散・・って言う感じなんだけど・・」
「・・・・・ああ、学校は解放されてるってことか?」
「そう、なんだけど・・来る?」
馬鹿げたデザインのチラシを手渡してきた。
君のダンスの相手はお断りするが、パーティーには参加する。と答えて教室を出た。
後ろで非難めいた声が聞こえたが僕には関係ない
僕の記憶に留まりたいなら原型が分からなくなるくらいの濃い化粧をやめるといい。
++++
クリスマスは憂鬱だ。家族で集まらなければならないとしたのはいつからなんだ。
家に帰れば、親戚が集まり談笑。従兄弟だかハトコだかが結婚しただの、離婚しただの
くだらない。それで大抵の場合はマイクロフトの話になって、英国政府勤務の話になって
僕に話が回ってくる。「シャーロックもお兄さんに似て優秀だから、政府関係かしらね。」
僕がマイクロフトに似てる?冗談じゃない!あんな男に似てると言われるくらいなら家を出た方がマシだ。
と、僕は顕微鏡を眺める。誰もいない研究室で一人、実験。
こういうのが一番いい。無駄口を開ける奴もいない、無駄に接触しようとする女もなし。
それに、ここに残れば残るほど、家に帰る時間が遅くなる。
ママは僕がクリスマス・パーティーに出席してると思ってるから、喜んでいた。
兄は何か気付いていただろうな。父は気付く、というより分かってるんじゃないだろうか。
「しゃーろーっくー」
かつん、かつん、とおぼつかない足取りで研究室の扉を開けたのは最近、見なれた女だった。
・
。ブルネットの髪とブルーの瞳。人には言えない秘密をピッキング以外でもう一つ持っているようだ。
何かと僕の昼食についてやたらと聞いてくるので、世話を焼くのが好きなタイプ。
いつもは、そう、いつもはこの大学の中で僕と会話するに匹敵するくらい観察力も洞察力も高い方だが
今は、そうはいかないらしい。右手にはグラスを2つ。左手にはシャンパン。
頬が異常に赤く、少し、乱れた服装。
「くりすます、ぱーてぃー、出ないのー?」
「僕が出てどうなる。」
「あはは、そうねー嫌われてるものねーお友達が、できるかもよー」
「そうだな、嫌われてるからな。君もまだ日が落ち切ってないのにそこまで酔っぱらうほど飲んだのか。」
「家に、帰っても、ひとりなんだもーん。」
「家族は。」
彼女はヒールを投げ捨てるように脱いで壁側に座った。
ほっといて顕微鏡を眺め、メモを取り、薬品を混ぜているとジャケットの裾を引っ張られる。
振り返ると赤い顔の彼女が自分の隣をぽんぽんと叩いていた。
「?」
「すわれ、っていってるの!」
「・・なぜ、」
「くりすますだよ!くりすます!ちょっとぐらい、友達に、つきあいなさいよー」
「誰と誰が友達だって?」
「わたしと、しゃーりー」
「驚いたな、いつの間に愛称で呼ばれるほど仲良くなったんだ。共犯ぐらいがちょうどいいだろ」
「そうかもーね、早く。」
酔っぱらいは嫌いだ。人の話を聞かない。
無視していてもジャケットの裾を離さないので、仕方なく僕も床に腰を下ろす。
パーティー会場から盗んできたグラスにシャンパンを注いだ
「メリークリスマス、しゃーりー」
「メリークリスマス。。愛称で呼ぶな。虫唾が走る」
「噂の、お兄さんはシャーロックの事を、愛称で呼ぶの?」
「呼んだら殴ってやる」
「いいねー仲いい。すてき」
ふわふわと笑いながらシャンパンを傾ける。
安いシャンパンだ。だが、不思議とまずくはない。
「シャーロックは家にかえらなくていいのー?」
「帰りたくないな。めんどうだ。」
「でも、ホームズさん家なら盛大なパーティーするんじゃないのー?」
「だから面倒なんだ。」
「そっかー」
「は。」
もう一度、家族の話を振る。どうやらこれが、彼女が人に言えないもう一つの秘密らしい。
彼女は、少し黙る。大体、予想はつく。人の表情を観察するのが上手い。それは異常なくらい。
訓練を積んでいるか、そう言ったことをしなければならない状況下にいたということだ。
「だいたい、予想ついてるでしょー」
「まぁ。」
「だったら、いいじゃない。シャーロック、秘密よ、秘密。二人だけの秘密―」
きゃはきゃはと高い声で笑う。
彼女は、実に感情を殺すのが上手い。
隠すのではなく。殺す。
息をひそめ、内面に現れた感情に手をかける。
「そうだな。僕にはしゃべる友人がいない。安心しろ。」
「あは、それすっごく安心できる!」
はシャンパンを注いだ。
ずるずると僕の肩に頭を乗せる。
「さっき、キスされそうになっちゃったー」
「クリスマスだ。酔った勢いに任せて、で妥協する男も多いだろう。」
「妥協!?だきょうってなによー!以外とモテるのよ!」
「知ってる。君のアドレスを知らないかって今週に入って5人に聞かれた。」
「ほらねー!シャーロックは彼女いないの?」
「女に興味はない。」
「じゃあ、男に興味があるの?」
「男にも興味ない。」
「学部でちょっとした噂になってるのよ?告白した子が皆振られるから、きっと彼はゲイなんだって」
「噂は噂だ。立って広がって、消滅する。」
「シャーロックらしい考察ね」
事実だ、と言ったが彼女は聞いてなかった。
彼女は立ち上がって、僕の正面に立った。
「・・・・・・・・・・しゃーろっく、キスしよっか。」
「君は酔ってる。」
よいしょ、と僕の膝の上へ。
なんなんだ。だから酔っぱらいは嫌いだ。
「だ!か!ら!酔った勢いでキスしよう、ね。」
「顔は紅い。脈もいつもよりずいぶんと早い。話してることは支離滅裂だ。君は冷静な状態にいない。
そんなときに決断や行動を起すのは危険だ。。」
「ね、黙って。」
するりと頬をいつもよりずいぶん高い体温が撫でた。
驚いて、頭を後ろに下げたが壁だ。
違う。彼女を降ろせばいいんだ。
こう言う状況になったことがない。彼女が近づいてくる。
唇が、当たった。
「いた、シャーロック、キスしたことないでしょ。下手」
「や、めろ。。酔ってるんだ。」
「酔ってる酔ってる。口あけて」
もう一度、やめろ、と口を開けたところでまた彼女の顔が近づいて来た。
ついでに彼女の開いていた手で目隠しされる。
押しのけてしまえばいいものの、思考と行動が一致しない。
やけに時間の経過が長く感じて、彼女が離れた。
「シャーロックもしかして、ふぁーすと、きすだった?」
「だったら、なんなんだ。」
「うふふ、うばっちゃったー」
きゃーといいながらずるり、ともたれかかってくる。
彼女のシャンプーが香る。
だから女は嫌だ。行動をするだけして、無責任に泣きだす。
ただ、だからが嫌いか、と言われると、やはり強くは思えない。
めんどうな感情だ。なんなんだ、これは。
「?」
高い体温がぺたり、とくっついたまま動かなくなった。
嫌な予感しかしない。
「・・・・おきてるー」
「僕は何も聞いていない。で。それを答えるのは君が眠りそうになってるからだろ。」
「そんなことないー」
「、コートを取ってこい。家まで送る。」
「シャーロックやさしー!図書館のときは真夜中だったに送ってくれなかった!」
「そのまま帰ったら、事故にあって永久に朝日を拝めなくなる。」
「すぷらった、だ!」
「グラス持って鞄とコートを。」
「はぁい」
はふらふらと立ちあがって、パンプスを履きなおすとふらふらと出て行った。
突放せば終わる、今までも近づく人間にやってきたことだ。
だが、何故かには強く出られない。
弱みを握られてるわけでもないのに。
電話が鳴った。表示されているのは今、一番会話したくない奴からだった
「なんだ。」
『ママから聞いた。大学でパーティーか。お前がそんなのに出席する訳がないな。いつ帰ってくる』
「お前に会いたくないから帰らない」
『そんなことを言うな。私に会いたくないと言ってもお前には帰る家はここしかない。
それともクリスマスに泊めてくれる友達でもできたのか?』
「そんなのいない!」
『だったら帰ってきなさいシャーロック。』
何様なんだ!いつも!いつも!お前は僕の母親かなにかなのか!
「しゃーろっくーもってきたー」
『誰かいるのか?女性だな、相当、酔ってる』
「明日の朝、彼女がスプラッタで発見されないように、家まで送ってくる。
それがマイクロフトの言う英国紳士なんだろ。そのあと帰るかどうかは、分からない。」
『スプラッタで発見、という表現はいささか問題だが、そういうことは重要だ。
そうか。シャーロック、彼女か。』
「黙れ。違う。黙れ。友達でもない!」
『なら放っておくだろう。お前なら』
「それは・・・なら!放って図書館へ行く!」
『いや、やめなさい。送って帰ってきなさい。そうか。シャーロックに送る相手がいたとはね。』
「しゃーろっくー?」
ねぇねぇ、といつもより子供じみた行動に出る彼女はなお面倒な存在だ。
今にも眠りそうな顔で僕を見上げてくる。
コートにマフラーを巻いて、手袋。今すぐ大学を出る準備ができているようだ。
『とりあえず、その彼女は送って差し上げて、帰ってきなさい。
図書館もクリスマスだ。どうせそんなに長くは逃げてられない。』
「来年は、絶対に、一人暮らしする。」
『その話は帰ってきたら聞く。』
「兄さんに話す必要がどこにある!」
『シャーロック、女性を待たせるんじゃない』
ぷつり、と一方的に電話は切れた。
ああ、しまった。話題提供をしてしまったみたいだ。
あいつは喜んで、自分の話題から僕の話題へとすりかえる。
あいつは自分のテリトリーを守るなら弟だって売る奴だ。
残された赤い顔のを引っ張って大学を出た。
冷たい空気の中で、は上機嫌で僕の後をついてくる。
一瞬だけ、彼女がはにかんだような気がしたが
それは気のせいだったようで。またふらふらと歩きながら僕に抱きついて来た。
ああ、面倒だ。酔った女は、自分の行動が相手にどんな影響を与えるか分かってない。
それに記憶もないと来てる。
次に会う時にはいつものが何も覚えてないまま、笑ってるんだろう
「シャーロックも、意外と騙されやすいのね。」
「何か言ったか?」
「んー?なにもー!!」