筆跡。通常より若干右下がり。
文字の大きさも小さく、一つ一つ小さな箱に入っているかのよう。自信の無さや漠然とした不安。

精神的に“弱って”いるらしい。 瞳孔。開き切った瞳孔は虚ろで焦点がフラフラと移動する。
何か別な問題を抱えているために集中力が無く、些細なミスを犯す。
無数の溜息に机をリズミカルにタップするペン先は、自分を落ち着けるためのおまじない。効果はあまり期待できそうにないが。
寝不足のせいなのか普段使っている化粧品が合わず、仕方なく諦めて薄く下地を付けて目の周りをくるりとブラウンのシャドーでなぞっただけ。
どうやら今日は一日中ラボで過ごすつもりだ。靴も動きにくく見栄えの良いヒールじゃない。
時間が無かったのか、髪は簡単に結い上げただけ。
しかし、寝坊じゃない。起きていたが意識がはっきりしていなかった。
考え事をしていたらいつの間にか出勤時間をオーバーしていたというところだろう。

「というのが私の意見だ」

の髪留めを解きながら耳元でそう言えば、彼女は私のシャツの袖口をつかんで下を向く。

「自分を綺麗に取り繕うことも出来ぬほどの悩みとは相当のものだな。
恐らく私……いや、私だけじゃない。私の家族たちにも関わりの有る重大事項が決定された。違うか?」

研究者として私たちに関わることになっただが、彼女は研究者としては未だ純粋過ぎた。
上が求めるような結果が出せなければ被検体に多少無茶をさせたり数値を書き換えるようなことをすれば良いものの、それが出来ない。
関わる時間が増えるほど、彼女は私のことを研究対象ではなく、1人の男として見るようになっていた。

「マーカス提督は……いえ、マーカスは……あなたにセクター31を爆破させるわ。
そしてあなたをテロリストとして処理するつもりよ」
「なるほど。想定範囲内の選択肢だ」
「あなたの家族も無事では済まないかもしれない」
「だが、今の状態ではテロ行為を断ることはできない。彼らが人質にとられている以上は、な」

涙に濡れた唇が私の首筋をなぞる。
優しい。私や私の家族を思って泣いてくれるのはキミくらいなものだ。

、泣かなくていい。私はソレをきっかけに自由になれるんだ」
「本当に?」
「ああ。だから遠くでそれを眺めていればいい」
「カーン……」
「自由になった私をキミの笑顔で祝福してくれ」

優しい
私の煮えたぎるような憎しみを和らげてしまう。
いずれ自由になった私と共に空高く、はるか遠くへ逃げ出すキミを。
今はただ抱きしめる。
そうすることくらいしか、今の私にはの温かな心に響くようなことはしてやれなかった。