「本日よりU.S.S.エンタープライズに乗船する医療部員の・
です。
よろしくお願いします、とんがり副長!」
「…」
「……」
「………」
「…あの、私何か」
私と同じ青色の真新しい制服を纏った女性が、酷く不思議そうに見上げてくる。
平均よりも幾分大きな眸をさらに大きくして私の顔色を窺う姿に、態とらしさはない。
事前に送られてきた彼女に関するデータは、どれにおいても文句なく『優秀』の分類。
それが、今私の目の前にいる彼女は、目眩がするほどに知能が低そうに見える。
馬鹿げた入れ知恵をする方もする方だが、情報の真偽を見定めることが出来ないのも考えものだ。
「カーク船長から私の名を聞いたのかもしれませんが、
それを真に受ける貴方の気が知れないのと、
事前に配属された艦隊の艦長と副長の名を知っておくべきだと貴方が思わなかったことに驚いています」
「あー、やっぱ違いますよね?『とんがり・耳』って変な名前だなーって思ってたんですけど、
バルタン星人的には普通なのかなとか、いらん詮索しちゃいましたよ。
あはは…あいえ、すみません。仰る通りでありますです!」
「あなたに伝えることは2つです。医療室にいる Dr マッコイに今後の指示を仰いでください。
そして、私はヴァルカン星人であり、バルタン星人ではありません」
「ですよね。手が大きなハサミじゃないしね!…あ、すみません。Dr マッコイのところへ直ぐさまむかいまーす!!」
バルタン星人とは何なのか、手がハサミとは? 足早に去って行く後ろ姿を見送りながら、
うべきだろうかと至極真面目に考えていた私が、
まさか、数ヶ月後に彼女と所謂男女の仲という関係になるとは、この時は思いもしなかった。
「っ、!」
右耳に生暖かさを感じると同時に、その原因を作った人物の名を嗜めるように呼ぶ。
「なーんーでーす? スポック副長」
後ろから伸びてきた白い腕が私の首に巻き付いて、
まるで猫が喉をゴロゴロと鳴らしながら身体を擦り付けるように、肩口に顎を乗せ顔を寄せてくる。
「なんですかではありません。私の耳に噛み付くのは止めてくださいと何度も言っているはずです!」
「だってさー、スポック副長の耳がいい位置にあったから、つい。
あ、ちなみに噛み付いてるんじゃなくて甘噛みだよ。食いちぎっちゃいたいくらいだけどね、ホントは」
およそ反省の色すらない間延びした声と、私の頭では理解することが不可能な言葉に溜め息を洩らして、
巻き付いている腕を解き、腰掛けている椅子を回転させ彼女へと向く。
右の頬にあった彼女の温もりが、上質な毛並みを彷彿とさせる艶やかな髪が、
耳朶に感じていた吐息が、自身で遠ざけたというのに酷く名残惜しい。
「私の耳を食いちぎってに何の得があるんです?地球人がヴァルカン人を捕食するなど聞いた事がありませんが?」
「ああぁぁ、そういう馬鹿なとこすっごく好き!!」
「私は『馬鹿』ではありません。知能指数で言えばかなり優れた…」
が私を見下ろし、くすりと微笑んだことで、続く言葉を失ってしまう。
嘲るような陰(いん)のものではなく、あたたかく柔らかで穏やかな、
ありとあらゆるこの世の陽(よう)の全てを集めて出来ているかのような微笑みの前で、
私はいつも全てを投げ捨てて平伏したくなる。
この感情とは、一体なんだというのだろう。
父上ならば、この正体を知っているのだろうか。
「スポック…」
頬に伸ばされた手に素直に目を細めると、彼女の顔がゆっくりと近づく。
艶やかな髪の束が、が屈んだことによりその肩口からさらりと落ちた。
もう、私に抗う術など、有りはしなかった。