ゆるり、意識が浮上して目を覚ますと、子供みたいな顔で眠るシャーロックが視界に飛び込んできた。
明け方に起きた時より吃驚はしなかった。いや、ちょっとびっくりしたけど。
いつも深く深く刻まれている眉間の皺は無く、健やかに寝てらっしゃる。
腰に彼の腕が絡みついて、動きにくいけれど、なんとかナイトテーブルの時計を確認できた。
10時過ぎ。ちょっと寝すぎたかもしれない。
体はだるく、男は起きない。
勿論、私も起きる気なんかなく、スマートフォンをなんとなく付けて、天気予報を眺めた。
昨日の大雨と打って変って今日は晴天らしい。洗濯物干さなくちゃシャーロックの服が無い。

「・・・・・・ん」
「・・・!?」

吃驚するほど色気のある声が耳元で聞こえて心臓が鳴った。
朝から吃驚しすぎだ。心臓に悪い。

「お、おはよ?」
「・・・・・・」

シャーロックは眼をつぶったまま、眉間に皺を寄せた後、ゆっくりと瞼を開けた。
そして、見事に固まった。

「シャ、シャーロック・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おはよう」
「おはよ。」

紡がれたGood morningの言葉は完全に口から自然と出た言葉らしい。
こうして動揺してるシャーロックを見るのは新鮮で笑ってしまう。
ちゅう、なんて間抜けな音を立てて唇にキスすると、ぱちり、と瞬きする。

「シャーロック」
「・・・・・・・・・なんだ」
「起きる?」
「・・・・・・・・・シャワーを借りてもいいか。」
「どうぞどうぞ。」

そう言うと、シーツを引きずってバスルームへと消えて行く寝ぼけ頭の男。
多分、頭からシャワーを浴びれば、多少、意識ははっきりするだろう。
ベッドの上に残された私は、ベッドシーツをはぎ取って洗濯機へ。
洗濯機の中には明け方放りこんだ服が入っていたので交換する。
ついでに、バスルームに捨てられてた、彼が体に巻いてたシーツも一緒に洗濯機に入れ、
新しいシーツを置いておいた。ごめんね、男性用の服なんか無いから。

洗濯物を干して、コーヒーを入れていたら、新しいシーツを体に巻いた長身の男がゆるゆると登場した。

「服、今乾かしてるから。寒くない?」
「寒くはない」
「コーヒー?」
「砂糖を2つ」
「・・・・・・砂糖入れるの?」
「糖分は脳内の活性化に役立つんだ。」

見た目からするとブラックが好きそうな感じなのに。
意外と子供みたいなことを言うんだと思いつつマグカップにコーヒーを注ぐ。
シャーロックはソファに座ってぼんやりとしていた。

「はい。コーヒー」

マグカップを渡しながら、彼の目の前にペタンと座ると、
シャーロックはマグカップを受け取って不思議そうというか何というか、まぁ動揺した顔で私から目線をそらした

「・・・・・・そんなに動揺しなくてもいいんじゃない?」
「・・・・・」
「童貞卒業おめでとう」
「っ!」

びくりと大きな体を揺らす。面白いなぁ。なんて思いながら彼の膝に頭を乗せて彼を見上げる。
シャーロックは何を思ったのか、いや、何も考えられないんだろう。
ゆっくりと大きな手で私の髪を梳き始めた。頭なんか何年ぶりに撫でられたか、
ゆっくりゆっくり繰り返されるその行動に誘われるように、瞼が落ちそうになる。

「・・・・・・・体は」
「へ?」
「こう言う場合、女性の方が、負担が大きい」
「・・・・・・あ、大丈夫、だよ」

真面目だなぁ。正直、私の体を心配する余裕は全くなかっただろうに。
私は立ちあがって、彼のシーツのなかにもぐりこんだ。

「な、にを!」
「ぱんつ履いててよかったー」
「君が服を干してしまったからだろ!!!」
「だってびしょぬれだったから」
「だったら不可抗力だ!」

すり、とシャーロックの膝の上に座って頭を肩に乗せると答えるようにきゅう、と彼の腕が背中に回る。
ベランダで、上質な男性の物のシャツがゆらめいているのが視界の端に映った

「・・・・・・
「んー?」
「あの男はやめとけ」

ここに来て喧嘩の原因を持ちだすのか!
がば!と私は体を起してシャーロックの顔を見る。いたって真面目な顔、いやちょっと不機嫌そうだった。

「ここに来て!話蒸し返すの!?」
「君は僕の忠告に答えてない!」
「誰かさんが玄関で押し倒したからね!!!!」
「っ・・それは、関係ないだろ!」
「彼だって、いい人なのよ!」
「やめとけ!」
「だから、なんでよ!!!!」
「あれはやめて僕にしておけと言ってるんだ!!!!」

そこまで言わせて、にぃと私の口角は上がってしまったらしい。
シャーロックがはっとした顔をした後、私を睨みつける。我ながらなかなかの演技力だったと思うんだけど。
そもそも今となっては私に告白してきた人のことなんかどうでもよくなっていた。

「・・・・・・・騙したな・・・・・!」
「騙してないもん」
「誘導尋問だ」
「うーん、まぁそれはそうかも」
「誘導された!」
「ざまぁ見ろ」

怒ったようにシャーロックは私を抱き寄せる。

「仕方ないから、シャーロックで手を打ってあげよう。」
「・・・仕方ないからとはなんだ」
「ハジメテ奪っちゃったし」
「うるさい!!!!うるさいうるさい!」
「ごめんごめん、怒らないで」

こめかみにキスして、笑うとシャーロックはちょっと黙った。
引き寄せられるように唇が近づいて、触れ合おうとした瞬間

「・・・・・・・」

けたたましく誰かのスマートフォンが鳴った。

「・・・・・私のじゃない。」
「僕のだ」
「出ないの?」
「どうせ兄だ。」
「んぅっ!」

がぶりと乱暴に唇に噛みつかれてシャーロックは立ちあがった。
私はソファの隣の空間に移動してテレビをつける。

「どこだっていいだろ!うるさい!・・・いや、大学じゃない・・・
マイクロフトでも分からないことがあるんだな!・・・違う・・・・違う違う!
・・・・今いるところ?知らん。ハイドパークの近くだ・・・・・は?いや、だから・・・女の家だ!!!!」

怒って電話に出て、怒って電話を切ったシャーロック。

「女の家ってなんか嫌な響きー」
「なんて言えば良かったんだ」
「んー・・・・・彼女の家」
「マイクロフトが信じるわけない。」
「・・・・シャーロック今までどんな生活してきたのよ」
「なんだっていいだろ!」

スマートフォンを机に置いて、シャーロックは私の隣に座る。
ロンドンには珍しい晴天。ふわりと風が入ってきて、隣には怒った顔の男が一人。
プルシャンブルーのシャツがはためく。