「ままー、これなにー?」
「きゅうけつきー?」
「はい、これ持って。」
「うん。」
「Trick or Treat」
「まずはハドソンさんのところから行っておいで!」
「いってきます!!」

そう言って、小さなドラキュラに変装したヘイミッシュが
ジャック・オ・ランタンの形をしたバスケットを下げて出て行った。
と言っても一階だけど。
ソファに座って本を読んでいたシャーロックはちらりとヘイミッシュを見て一言
「くだらん」
とだけ言ってまた文字を追い始める。

「かわいいなぁ」
「かわいいでしょー」

僕は出て行った小さなドラキュラに頬を緩めて
彼が帰ってきたら、渡すためのチョコレートを用意する。
もパンプキンタルトを用意しているらしい。
ニコニコしながらキッチンへ戻って行った。
しばらくして出て行った時より少しゆっくりになった足音がとたん、とたん、と聞こえてきて

「もらった!」
「良かったな、ヘイミッシュ、何貰ったんだ?」
「まどれーぬ!」

バスケットから出して高々と掲げて見せてくれるヘイミッシュ、
本当にこの子見てると子供が欲しくなる。

「ママにも見せてあげておいで」
「うん」

キッチンで「もらった!」とまた声が上がってさらに頬が緩む

「下らん。」
「そう言うなよ」

本当にこの男の息子なんだろうか。

「ままね、ちょっとだけお仕事に顔出して来なきゃならなくなったから、ジョンとパパとお留守番できる?」
「できる!」
「ということでお願いしてもいい?」
「いいよ、大丈夫」
「飽きたら着替えさせたらいいから」

と言ってはヘイミッシュのほっぺたにキスしてジャケットに袖を通した。
シャーロックが不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
はドアの前で数秒止まった後、シャーロックに駆け寄って、

「行ってきます」

と軽くキスしてぱたぱたと出て行った。

「・・・・・・・・つまらん!」
「ヤードでも行って来いよ、」
「ジョンもこい!」
「やだよ、僕はヘイミッシュと留守番だ。」
「つまらん!!!!!つまらん!世の中の犯罪者は脳なしばかりか!!!!!!」
「煩い!」

ヘイミッシュは不思議そうに僕らのやり取りを見てぽつりとつぶやいた

「ぼく、も一緒に、いったら、だめなの?」
「・・・・・・・・そうか。そうしよう、行くぞヘイミッシュ」
「・・・・うん!」
「いや、教育に悪いから!」
「へいみっしゅもいく!」
「だ、だめだよ」
「ついてくると言ってるんだ、いいだろ!」
に怒られても知らないからな」

シャーロックは手早くコートとマフラーを巻き、部屋を出て行った。
今日はハロウィン。ヘイミッシュを着替えさせようと思ったが、
窓から通りを覗けば、仮装してる子供たちがほとんどだ。

「・・・・このまま行くか。」
「うん!」

大事そうにバスケットを握りしめて、ヘイミッシュを連れて僕らはヤードへ向かうことになった。
タクシーの中ではずいぶんと大人しく、僕の膝の上に乗っている。
問題が起きたのはタクシーを降りてから。
レストレードのいる階までビルを上がらなければならない。
いつものスピードですたすたと歩くシャーロックに子供の足が追いつけるわけもなく
僕はヘイミッシュと手をつないでゆっくり歩いていた

「ジョン!」
「早いんだよ、ヘイミッシュはそんなに早く歩けない」
「おいて・・」
「きたらよかったとか言ったらに告げ口するぞ」
「・・・・・・・・・・ッチ・・・ヘイミッシュ!」
「・・・っ!」

半分キレ気味に名前を呼ばれて、ヘイミッシュは小さな体をさらに小さくして
僕にしがみついた。
怖がってるだろ、と言おうとするとヘイミッシュの体はふわりと浮かんで
シャーロックの腕の中へ

「バスケット落とすな」
「・・・・・・・うん」

あの、シャーロック・ホームズが息子を抱いてヤードの中を歩きまくる姿は

面白すぎてとりあえず写真を撮りまくってに送信しておいた。

「・・お、おまえ・・・」

勿論、レストレードに会った時も、ドノヴァンとアンダーソンはドン引きしていたが
レストレードは笑いながら正面から写真を取って保存していた。
これは十分事件なんじゃないか

「丁度、っ・・・ゴホ・・・丁度良かった、あの、うん。そうだな。事件があってな。」
「何を笑ってるんだ」
「ぐれっぐ、」
「いや、違うんだ、うん、まぁ。こっちに来てくれ。ヘイミッシュは・・・」
「あ、僕がちょっとこのあたり回ってくるから、」
「おい、ジョン」
「事件の話なんか聞かせられないだろ」

++++

「これね、ぐれっぐがくれてね、これね、さりーでね、これね、もりーがくれたの、あ、これあんだーそん」
「よかったねー、」
「アンダーソンのは捨てろ」
「なんで?」
「IQが下がる。」

僕らがフラットに着いたとき、丁度も家に着いた頃だった。
バスケットにいっぱいになったお菓子をソファの上に広げて見せてくれるヘイミッシュ。
シャーロックがアンダーソンからもらったらしい飴はゴミ箱に捨てたが
ヘイミッシュは不思議そうにするだけでどうでもよかったらしい。
やっぱりシャーロックの息子かも

「まだ言ってない人がいるんじゃないの?」
「・・・まま!」
「まま以外で」

ヘイミッシュはちょっと悩んだ後、僕の前まで来て
僕の服の端を握りしめて

「とりっく おあ とりーと!」

僕は顔がにやけるのを手で隠しつつ、用意していたチョコレートを
手渡した。

「ありがとー」
「どういたしまして。」

もらったもらったとぴょんぴょんはねるヘイミッシュが
キッチンでタルトを用意しているへ見せに行っている間、
シャーロックは眉間に深く皺を寄せてその光景を眺めていた。
ちなみに事件は現場にもいかず、話を聞いただけで解決してしまったので
それが原因だと思う。

+++++

「あー、やっと寝た。興奮してなかなか寝付かなかった・・」

ヘイミッシュは今日あった出来事を細かく私に報告してくれた
おかしをもらったこと、アンダーソンがシャーロックに怒られていたこと
サリーと写真を撮ったこと、モリーが頭を撫でてくれたこと、
そして、一番最後に、シャーロックが抱っこしてくれたこと。
なんでかな、と小さな瞳で問いかけるヘイミッシュに
よかったね、と言うと、不思議そうに頷いた。
ちなみにシャーロックがこっそりヘイミッシュのバスケットに忍ばせた棒付きキャンディ。
それを見つけたヘイミッシュが一言「しゃ、ろくかな」なんて言った。
推理力はどう考えても、この名探偵の血筋。
どう考えても彼の子供なのに、息子は彼を父親と分かっているけれど、実感がないらしい。
いつもの就寝時間を30分ほどオーバーしてやっと寝付いたヘイミッシュを残し
私が共同スペースに降りるとジョンの姿は無く、シャーロックがソファに腰かけていた。

「あれ。ジョンは?」
「・・・夜勤だ」
「あ、そうなの・・・・・シャーロック、コーヒーは?」
「いらない」

相変わらず、今朝から機嫌が悪い。
私は飲みかけのマグカップを持ってカウチに腰を下ろす。
テレビのチャンネルをいくつか回したけれど、特に面白そうな番組は無かった。

「・・・・・・・」
「なんでそんなに機嫌悪いの」
「・・・悪くない」
「嘘つき」
「ヘイミッシュ」
「ヘイミッシュ?」

シャーロックは立ちあがって、私の隣に腰掛けて前を向いたまま小さくつぶやいた

「がどうしたの?」
「先にキスした」
「・・・・・え?」
「今朝だ!今朝!ヘイミッシュに先にキスしただろ!」
「・・だったっけ・・・?え?」
「なんなんだ君は!僕は君の夫だ!」
「わ、分かってるよ?」
「朝から、君たちはずいぶんと楽しそうに・・・いや、が!
が楽しそうにハロウィンの用意をしてただろ!」
「してた、けど」
「・・・・・・・・」
「黙らないでよ・・・・・・・・・・・・・・・ヘイミッシュにやきもち焼いた?」
「・・・・・・・・・・・焼いてない!」
「そっかー・・っ・・・・あは、・・あははっ」

常々、息子が二人いるとは思っていたけれど
こんなにシャーロックがやきもち焼きだなんて

「でも、ヘイミッシュ抱き上げて歩いてくれたんだってね」
「遅いからだ!」
「でもヘイミッシュはそれちゃんと覚えてたよ、」
「・・・・・・」
「よかったねーって言ったらちょっと不思議そうだった。」
「・・・・・そうか」

シャーロックはぷつり、と黙りこんだ。
機嫌は直る兆しはないし、ジョンは夜勤でいない。ヘイミッシュは歩きまわって
疲れて熟睡。残る息子一人の機嫌を、ちょっと大人な方法で解決しなきゃないけないようだ。
私はシャーロックの膝の上に移動して、彼の首に腕をまわした。

「シャーロック、」
「なんだ。」
「Trick or Treat」
「・・・は?」
「ないの?おかし」
「ない、が。なんだ。」
ちゅ、と唇を寄せて、耳元で囁く。
「じゃあ、いたずらしなくちゃ」

シャーロックの思考はそこで停止したらしく、腕を引けば固まったままついて来た。