大学一の天才と噂され、同時に大学一の嫌われ者と歌われるシャーロック・ホームズと
晴れてきちんとした形で付き合うことになりました。
いや、ちょっと待って。結局ね、セックスして、喧嘩して、よりを戻したけれど。
やっぱり告白されていないし、告白(まがい)の事はしたけれど、
やっぱり彼は何も言っていないのよね、考えて見ると恥ずかしいことをしたのは私ばっかり。
でも、これ以上をシャーロックに求めるのは可愛そうになってきた。
彼は、自分の感情を抑え込もうと必死。それはきっとこれまでの体験から、いらないと判断されたものが沢山あったから。
だから、少し待ってあげることにしようと思う。
だって、彼は、今のところ、多分、きっと、私を一番、愛している、んだとおもう。
< ここまで関係が進展しているのに、なんて曖昧な気持ちなんだろ

「何を考えている」
「貴方の事」
「・・・・・・くだらん」

顕微鏡を覗くシャーロックから声をかけられて答えれば、
顕微鏡から数センチ顔をあげて、固まって、また作業に戻る。
初心な子にセクハラするおじさんってこんな感じなのかしら。

「しゃーろっく、」
「なんだ」
「あとどのくらいで終わる?」
「さぁな」
「さっきからね、携帯鳴ってるの」
「出ればいい」
「貴方のよ」
「そうか。電源を切っておけ」
「でもたぶん、これ、家族の人じゃないの?まいく、マイクロフト?ホームズ」
「電源を切れ。」
「えー、出ちゃおうかな」

シャーロックのスマートフォンの画面には写真が登録されていない初期設定のままの
着信画面が表示されている。マイクロフト・ホームズ。きっと噂に聞く、お兄さんだ。
この間の朝も、その前のクリスマスの日にも、彼に電話をかけてきた人。
電話に出ようとボタンをタップしようとしたら、
シャーロックから電話を取られてしまった。ぴたり、と着信音が止まる。

「あーあ。いいの?」
「・・・・・・くだらん。あいつは僕を支配下に置きたいだけだ」
『聞こえてるシャーロック』

どうやら電話を切るつもりが、出てしまったらしい。
ものすごく眉間に皺を寄せて、ぎろり、とこちらを睨んだ後
シャーロックはしぶしぶ、電話に出た。

「うるさい・・・・・うるさい、分かってる。うるさい。黙れ、煩い」

うるさいしか言ってない。

「何時でもいいだろう!兄さんには関係ない!」

怒ってる怒ってる。仲が悪そうだ。

「ッチ・・・・分かった、分かった!」

シャーロックは乱暴に電話を切るとそのまま電源ボタンを長押しする。
本気で電源を切ってしまったようだ。

「どうしたの?」
「パブリックスクールから弟が帰ってくるらしい。どうでもいい」
「弟?シャーロック真ん中なの?」
「下に一人。」
「へぇ・・・」
「なんだ」
「弟には見えるけど、お兄ちゃんには見えない」
「僕らは皆、独立してるんだ、早くから。」
「ふぅん。で?」
「早く帰って来いと。」

シャーロックは机の上を片付け始める。というより、ほとんど置きっぱなしだ。
研究結果とノートと走り書きが書かれたメモを鞄に詰め込んでいく。

「・・・・・・・そういや、こないだの心理学のノート、返してよ」
「・・・・・・・」
「忘れてた?」
「内容は覚えた」
「違う!ノート!」
「・・」
「私、レポート書かなきゃならないんだけど。
専科専攻したばっかりだから、成績落とすとまずいんだけど、ねぇ!」
「・・・・分かった。ついてこい」
「はい?」

心理学を取ってるくせに、授業に出席しなさ過ぎて試験範囲が分からないと言ってきたのはシャーロックの方なのに!
ショルダーバックを肩から提げてさっさと部屋を出ていくシャーロック

!」
「え、あ、待って!」

+++++

目の前の大きな屋敷が、本当に彼の家なの?
強大な庭に、大きなお屋敷。庭には大型犬が二匹。私の方を見ている。

「・・・・・しゃ、シャーロック・・・?」
「なんだ」
「これ。」
「家だ。」

シャーロックが玄関に立つと、自然と大きな扉が開かれる。
初老の男性が、にこりと笑ってお辞儀した。シャーロックはずんずんと階段を上がって消えて行ってしまった

「お帰りなさいませ。」
、そこで待ってろ!動くな」
「へ。あ、はい!」
「こちらへ、どうぞお座りになってお待ちください」

初老の男性が、(きっと執事さん)がエントランスのソファに誘導してくれて、座る。上質な奴。
うちの実家・・・・・叔父様の家にあるような。
聞いた話じゃあ、うちの家系もそれなりの名門らしいが、
ロンドンより離れた田舎の貴族だし(叔父様はロンドンで働いてらっしゃるけれど)
両親が亡くなってから、親権は叔父様が持っているものの、ほとんど実家に帰らないから、
こう言ったきらびやかな世界からはずいぶんと離れていた。今では完全に、庶民の味方である。

「・・・・・・・・こんにちは、」
「あ、」

栗色の髪の背の高い青年・・・・というかきっとこの人がマイクロフトさん。
シャーロックとはあまり似ていない

「こんにちは、あの、お邪魔してます。」
「・・・ああ、いや・・・失礼だが、誰の関係かな?」
「あの。シャーロックの・・・」
「マイクロフト!何してるんだ!!!」
「ああ、シャーロックの噂の・・。申し訳ない。兄のマイクロフトだ」
「マイクロフト!!!」
「あれがずいぶんと世話になっているようだね。こんなにかわいらしい恋人とは思ってなかった。」
「マイクロフト!!!!!」

高い天井にシャーロックの怒鳴り声が響くけれど、一向に彼の姿は見えない。
と思っていたら二階の踊り場から見なれた男が駆けおりてくる。

「あ、 です・・・・。」
・・・・?」
「はい、」
「君は・・・・」
「ひゃっ!」

ぐい、と引っ張られて、マイクロフトさんと距離を無理やり取らされて、
彼が言いかけた言葉は拾えなかった。睨むシャーロックと、睨み返すマイクロフトさん。
やめてほしい。でかい男が二人で睨みあいとか。
肩身が狭い、物理的に。

、ノート!」
「あ。うん」
「帰れ!!」
「あ、うん!」
「そんな言い方するなシャーロック。送って差し上げろ。」
「うるさいマイクロフト!」

きゃんきゃんと吠えるシャーロック。
このままここにいるのは得策ではないように思えて、鞄の中にノートを突っ込む

「あ、あの。私これで失礼します。お会いできて光栄でした!」
「・・・・・いや、車を回させよう。もう暗くなってきた。」
「い、いえ、そんな」
「オズワルド・ と氏と何か関係があったりするかな?」
「叔父様をご存じなんですか!」
「・・・やはりね。なら、余計にこの薄暗闇の中返すわけにいかないよ。 家のご令嬢とあらば」
「ご令嬢だなんて。何十年ぶりかに聞きました。あの。叔父と」
!」
「はい!!!」

叔父さんの名前が出てきて、ちょっとばかりマイクロフトさんと話が盛り上がれば
シャーロックの不機嫌の種を増やしてしまったらしく、彼はまた大声で怒鳴る。

「シャーロック、女性にそう怒鳴るものじゃないよ。」
「さっさと帰れ!」
「あの。え、と。帰ります!」
「どうか、呆れず愚弟をよろしく頼むよ
「あ、はい!」

思わず返事をしてしまったが、シャーロックの眉間のしわは
明日になっても取れないくらい深くなっている。本当に、これ以上いるとまずい。
外に出ると言われた通り、暗くなりはじめている。
玄関先には運転手さんと車。なんだかこう言う扱いはそれこそ幼少期ぶりだ。
叔父のお気にいりの新人がマイクロフトさんで、そのマイクロフトさんが遠い未来、叔父のポジションまで地位をのぼりつめ、
私が彼をSirと呼び、シャーロックがすぐそばにいる。そんな未来が来ることを、私は全く、想像していなかった。