それは一瞬の出来事だった。
黒いコートと広い背中が私をかばって盾になっていて、
赤い炎が廃屋内に円を描きながら巻きあがって、
金色の瞳がわくわくしたように輝いて、
それで、それで、それで、

「シャーロック」

背後から、低い声。

「手短に済ませなさい。」

私の肩を掴んで、立たせようとしているのは、よく知った上司。
シャーロックは、私の声も、自分の兄の声も聞こえていないみたいに、笑っていた。
炎を目の前に。少しだけ、怖かった。いつしかの病院の彼を思い出して。

「しかたないな、」

小さなため息と、ふわり、とSir独特の香りが鼻孔をくすぐって、彼は立ちあがった。
傘をくるりと回しながら、シャーロックの前へ立ちふさがる。
炎を背に、危ない!と反射的に声が出たけれど、その炎は一瞬にして

「・・・え?」
「ッチ・・」

黒い闇に吸いこまれて行った。
目の前にはスーツの煤をはたく、私の上司と、不機嫌そうな顔のシャーリー。
まるで、何もなかったかのような、静けさが、廃屋に訪れた。

「さぁ、帰ろうか。」

Sirは私に手を伸ばした。私はそれに掴まろうとしたけれど、
シャーロックが伸ばした手を取って私の体を引きあげたせいで、
Sirは少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せてから、また姿勢を戻して廃屋から出て行った。
森の中の小さな廃屋の前に、不釣り合いな高級車が一台。

「シャーロック、後始末は自分でしなさい。、こちらへおいで」

Sirが呼んだのでは私は車へ近付いたけれど、シャーロックが気になり振り返れば、
空気中でばちん、と激しい火花が見えた。
シャーリーの口からはマグマを噛み閉めるかのように、酷い音を立てて、炎が漏れている。
一瞬のうちに、目の前の廃屋が炎に包まれた。黒い煙は空に向かって、上がって行く。

「ああ、私だ・・・・そうだ、例の場所で火事が起こった・・いや、そちらは処理済みだ。ああ。後始末を。」

Sirが電話をかけている、何か、数十分の間に、色々な事が起こり過ぎて、頭がくらくらしてきた。いや、そうか、これは、
ふわり、と足の力が抜けて、私はそのまま崩れ落ちた。
私を支えた優しい腕が、ドラゴンの兄のものだったのか、弟のものだったのか、私には知るすべはなかった。

+++++

「兄さんが来なくったってよかったんだ!!!」
「聞きなさい、シャーロック、お前は能力を生かしきれない上に、暴走する・・・」
「そんなことはしない!」
「あのままだとの身に危険が及んでいたかもしれないだろう」
「そんなことは、あり得ない!すべて可能性の話だ」
「その通りだ。しかし、誰が見てもあの時のお前は興奮していた。
サラマンダーだったか?あれの眷族と戦えるとなって、お前は周りが見えていなかった。」

静かな声と、シャーロックの怒った声が隣の部屋から聞こえてきて、私は目を覚ました。
ここは、シャーロックの部屋らしい。多分、ただの酸欠か疲れから来る失神だろう。
ずきん、と右腕に鈍い痛みが走って起こそうとした体をもう一度ベッドへ戻す。

「もういい!帰れ!!!」
「・・・この話はまたにしよう。彼女が起きた。」

目を開けただけっていうのに、なんでドアも閉まってるこちら側の様子がSirには分かるんだろうか。
まぁそんなこと、追求しはじめたらキリがない。
ばたん、とドアの閉まる音がしてしばらく共同スペースではカツカツと歩きまわる足音がする。

「・・・・・・シャーロック」

小さく呼ぶと彼は乱暴にドアを開けて入ってきたものの、何を言っていいのか分からずたじろいだ。

「シャーロック」
「・・・・・・僕は、あの時、君を守ることを、優先した」
「シャーロック」
「本当だ、本当に。君の事は忘れていなかった」
「シャーロック」
「でも。あの状態がそのまま続いていたら、僕は。」
「シャーロック、ね、来て」

こちらは何も聞いていないのに。彼はぶつぶつと言い訳をするように小さな声で話しはじめる。
シャーロックはそっとベッドの端までやってきた。

「やけどが・・・・・手当はしたがジョンが帰ってきたら、診てもらおう」
「シャーロック、怖かったね」
「・・・・・・こわくなかった」
「そう?私は怖かったわ」
「・・・僕が?」

ああ、はやり、彼は天才だ。

「貴方も、それからあの炎も。Sirも、みんな。」
「やっぱり・・・・・・君は、僕らのそばにいるべきじゃ」
「でも、今ここにいるわ。今はこわくないもの」
「・・・・・・。」
「シャーリー、このベッド、一人じゃ広いの。」
「・・・・・・・・」
「意味分かってる?」
「分かってる!」

ちゅ、と彼のおでこにキスして、私は肩まで毛布を引きあげる。
彼はくるりと踝を返して、共同スペースの電気を消して(このあたりは私の教育の成果といえるだろうか)
真っ暗になった部屋をまっすぐこちらへ歩いてきて、ベッドへ勢いよく倒れこんだ。
青い瞳を近くで見ながら、私は睡魔に身を預ける。