永遠と続くような堅苦しく廻りくどい文章を目で追っていると、
段々と文字が揺れ始めて何処まで読んだか分からなくなって、また戻って、またかすんで。
ああ、これはまずいと思って顔を上げれば首からコキ、なんて嫌な音。
ぐ、と背中を伸ばせば身体中からパキパキと凝り固まった骨が音を上げた。
ぎぃと椅子が軋む音。
「んー・・・いまなんじー・・?」
「・・・・・・・・・・・え?なんか、いいました?」
「いま、なんじ」
「えっと、夜中の、4時ですね」
「明け方だよ」
「・・ああ。そうか」
部下も相当参っているらしい。
着替えを持参して、4日目、合計2日ほどの徹夜明けである。
ブラック企業もいいところだ、企業じゃないけど。
ホントは交代で睡眠時間をとれるはずだったが、
テロ組織が動いた、なんて情報が入ってバタバタしてたために、気がつけばこんなことになっていた。
黒人の、それも海兵上がりの体の大きい彼も、流石に参ったのか、
もう、目線は何処を見ているのか良く分からない。
コーヒーでも飲もうか、と思ったところで、コンコン、と軽い音が扉をたたいた。
「あー・・・生きてますか―?」
「・・・遅い」
「悪い。いや、これでも頑張ったんだぜ?マイアミ行って帰ってきたんだから」
「こっちはボスと二人で書類仕事だぜ。しかもここしばらくロクに寝てない」
「だから交代しにきたんだろーが。ボス?生きてますか?」
「・・・・・・・・・うん、いきてる」
「正確には死にかけですね」
なんて酷いことを言う部下なんだろう。
ガタイのいい男が二人。。交代の時間だ。
私は椅子に座ったまま、彼らが精気のない冗談を言い合うのをぼんやり眺めていた。
「ボス―?帰れますか?なんなら送って行きましょうか?」
「だいじょうぶ」
「じゃあほら、鞄持って」
「うん」
「彼氏の家に帰るんでしょう」
「ちがう、同じフラットなだけ」
「でも彼氏なんでしょ。あの、Mrホームズの弟!寝てるでしょうけど・・」
「さぁね。寝てるかな、起きてるかな、それとも精神の宮殿かな」
「はい?」
「いや、なんでもないよ。こっちの話」
シャーロックと付き合っていることは、それとなく同僚にも部下にも広がっている。
癒してくれなんかしないし、私のキャラ的に、甘えるようなキャラでもない。
どっちかと言えばあの不器用なのを甘やかすのが私の役目だったりする。
ふらふらと立ちあがって、はき続けた太いヒールが足に激痛をもたらす。
もう裸足で帰りたい。鞄を手渡されて、机の周りを適当に整理して、
『明日は休みですよ』なんて言われつつ、私は部下と交代した。
ふらふらと政府の施設を出れば、車は一台も止まっていないし、
電柱の光だけが街中を照らしている。あまりにも、静かだ。
「時間が止まってるみたいですねー」
「だねー」
「なんか、映画とかで人類が滅びた後の街ってこんな感じなんですかね」
「あいあむれじぇんど」
「見た見た。犬がかわいそうでしたね」
「その外見に似合わない台詞だなぁ」
世間話をしながら、お互い、いつもの歩くスピードからすると多分、半分くらいのスピードでゆらりゆらりと歩く
「じゃ、俺こっちなんで」
「おう、お疲れさまでした。気をつけてね」
「はい、ボスも。途中で誰も殴らずに帰ってくださいよ」
「な、殴らないよ!」
「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
部下と別れてひとり。誰もいないベイカー街を歩く。
喋る相手もいなくなって、もう気力だけで家を目指しているようなもんだ。
気付けば、221のドアの前にいた。全く記憶がない。もうふらふらだ。
鞄から扉の鍵を出して、開けて、入って、鍵を締めて。機会的に体が動く。
シャーロックはどうせ眠っている。
でも疲れているから、なんとなく、人肌恋しいんだが。
眠っていたら、抱きつくなりなんなり出来るんだけど、マインドパレスなら、もう役に立たない、
あれは人形だと思うことにしている。
足の裏がぴきり、と音を立てたような気がして、ハイヒールを脱ぐ。
良く私、こんなのはいて犯人追いかけたりできるなぁ、なんて感心しながら。
ああ。もう頭も回っていない。
ぺたん、ぺたん、がたん、ごとん、壁に沿って、二階へ。
早く、ベッドで、眠りたい、でも、シャワーも浴びたい、
がちゃ、と扉を開ければ、リビングの光がまぶしくて思わず目をぎゅっとつぶった。
ジョンはいない。ソファの上には
「シャーロック・・・・」
シャーロックは眼を開いたまま、両手を胸の前に合わせて、カウチの上で横になっていた。
マインドパレスだ。もう、どうでもいいや、ヒールと鞄を放り投げて何とかバスルームまで歩く。
++++++
シャワーを浴びて、ちょっと疲れが取れた。
いや、気のせいだけど、体は相変わらず睡眠を求めているし、
心は相変わらず、誰かの人肌を求めてる、ような。多分。
疲れてるんだなぁ。なんて。立っていても瞼が落ちそうだ。
「しゃーろっく」
せめて、ベッドでマイパレ行ってくれたら、いいのに
「しゃーろっく」
一人で寝るのやだなぁ
でも、シャーロックは反応しない。
シャーロックをマイパレから呼びだす方法は知っているけれど、それさえやるのはめんどくさい。
ふと、いいことを思いついた。別にベッドで寝なくたっていいんだ。
寝室からシーツをひきづって、シャーロックにのしかかる。彼は反応しない。
カウチが悲鳴を上げただけだった。
胸の前で合わせられた手を持ち上げて彼の手の代わりにそこへ私の頭をすりつける。
相変わらず、体温は低い。抱き締めてくれたらいいのに、なんていつもじゃ絶対考えないことを考える。
彼と一緒にシーツにくるまって、半ば、無理やり持ち上げていた瞼を、ゆっくりと落とした。
「シャーロック!!」
ぱち、と目が覚めるとジョンが呆れた顔で僕を見降ろしていた。
「なんだ。」
「なんだ、じゃないよ。君それ、気付かなかったの?」
それってなんだ。僕は、ずっと、マインドパレスに行っていた。いつからだったか。
「マインドパレスなら、昨日の昼からいったきりだった。
僕の声で気付いたってことは、解決したんだろ、はやくレストレードに連絡・・・する前に・・・」
ジョンが何か言いかけて、ドアが開いた、レストレードだ。僕は胸にかかったシーツに気がついた
「シーツ・・・・?」
「そうだね、シーツだ」
「おはよう、シャーロック。謎は解けたか?」
「あ、ああ解けた。あれは、単純な入れ替わりのトリック・・・・」
「あ、ちょっと待てよ!」
立ちあがろうとして、いつもより体が重くてそのままカウチから転げ落ちた。
なんだ、なんなんだ!!!シーツをはがしてみると、ぼんやり、どこかを眺めている。いつの間に・・・?
「だから、君気付かなかったの?昨日何時に帰ってきたんだよ、は」
「・・・知らん」
「―?ベッドで眠りなよ」
「・・・・・・・ん・・」
僕のローブの端を握りしめたまま、目は開けているものの、頭は完全に眠っているらしい。
帰ってきた?きっと明け方だ。ヒールと鞄は投げ捨てられている。
それから髪の毛が少し湿っている。ロクに乾かさずに眠ったせいだ。
そもそもなんで、僕と一緒に?寝室は開いていた。勿論、ベッドだって書類や実験道具は散らばっていない。
では、わざわざ、なぜ。4日ぶりに見る彼女は、なんだかやつれているように見えた。
いや、やつれている。ちゃんとした食事は取っていなかったようだ。
ここ2日ほどマイクロフトから連絡がない事を考えれば、
何か国にかかわる事件があったんだろう。
ふと、その瞳に映っているのか、映っていないのか分からないが、が顔を上げた。
「・・・・どこか、いくの・・・?」
舌は回っていない。口も、無理やり動かしているようだった。
僕は何か、なんだか、なんだこの感覚は!!!!庇護欲を駆り立てられるこの感覚。
「レストレード」
「おっ・・・え、あ、なんだ」
いつもはしっかりしているが、珍しくこんな様子であっけに取られていたらしい。
正直言えば、あまりさらしたくない。
「ジョンと一緒に現場へ行け。割れた腕時計とブランド物の鏡があるはずだ。それがあれば、今拘束している奴が犯人だ!」
「な、なかったら!」
「考えろ!!」
シーツと一緒にを抱きあげれば、彼女は素直に腕をまわしてすり寄ってくる。
「僕は仕事をした、寝る!」
「え、あ、ちょ、ちょっと待て!」
レストレードの言葉を聞くか、聞かないか、半ばで僕は乱暴に寝室のドアを蹴り閉めた。
ばたん!と派手な音がしたが、はよく眠っていた。
彼女をベッドに横たわらせてると、ゆらゆらと行き場のない腕が僕のシャツを握りしめる。
「僕も、ここで眠る」
聞こえたのか、はゆっくり腕を降ろした。
起きたら、彼女をレストランへ連れて行こう。僕は意識が薄れるまで、彼女の頭を撫で続けた。