「やってみたいことがあるんです」

と至極真面目な顔で何本かしか持っていないネクタイと黒い布を持ってきた時点でちょっと嫌な予感はしていた。
この若い男の子が、一体何を考えているか、なんて言うことは分からなかったし
数秒のブラインドタッチで世界戦争を引き起こせる子だ。分かりたくもないのが正直な感想。

「な、なにかな・・・」
「縛らせてもらえませんか。」
「・・・・・」

さっぱり、分からない。

++++

「・・・・・・・さん」
「あ、あのさ、これ、なんの意味があるの・・・かな?」
「実はですね、この間、少しばかり兄の事件に協力したんです」
両手首をベッド背もたれのところで緩く繋がれて目隠しされた状態で
私と彼は向き合って、座っていた。すごく、あの、シュールな場面が想像できる。
想像するしかないのは、私の視界が、彼の「頼み事」のせいで奪われているから


「Mrマイクロフト?」
「いえ、シャーロックの方です」
「あ、ああ、あの探偵さん。」
「ええ、それで。現場に行くことがあったんですが、」
「うん」
「ベッドの上で、丁度、今のさんのような状態で亡くなっている女性が。」
「や、やめてよ!怖くなってきた!」
「そうですか?いや。僕も死体を生で見るのはちょっと気が引けました。
兄は喜んでましたがね、助手の・・・なんていったかな・・・医者なんですが・・
忘れました。彼も呆れた顔で見てましたが、端的にいえば、性的暴行の跡が」
「あ。うん・・・それで」
「僕の仕事は壁に書かれたコンピューター言語を解読することだったんです」
「なんか話飛んで・・るよね・・・」
「で、ふと思ったんですが」
「どんな流れでふと思ったのかな?」
「実際、この状況で性行為ができるか。」
「・・・どんな流れで思ったのかなぁ・・・」

手首がねじれるのも構わず、私は壁に体を寄せて出来るだけウィルと距離を取った。
彼は多分、やっぱり真面目な顔でベッドの上で正座しているような気がする。

「拘束には、抵抗する人間を抑える目的と、それからその状況が興奮材料になるようです」
「見事な分析だね。」
「で、やってみようかと。」
「わけがわからないけどね!」

がし、と足首をつかまれた。見えないから体が大きく跳ねる。
ずるずる、とシーツの上を間抜けな音を立てて引きづられて、私はなすすべなくベッドの上に転がされた。
いや、きっと正常な男の子だったら一度や二度妄想したことはあるかもしれないけど
やってみようと真顔で言うのはおかしい、『そんな雰囲気』だったらまだしも。
そんな雰囲気を作る頭はきっとあの頭脳の中には記録されていないことだろう。

「んんっ・・・!!!」

手も縛られているから、距離感がつかめず、急に唇が奪われて
抵抗もできず、でもキスは優しくて、ああ、頭がおかしくなりそう

「うぃ、るっ・・・んっ・・あぅっ・・・・や、やっぱりやめっ・・・」
「もう遅いです」
「ふあっ・・・!」

どきっといつもより体と心臓が何度もはねる。
全く見えず、距離感も取れず、そんな中で彼の手が私の体を撫でていく。
首筋にキスされて、足をなでられて、お腹にキスされて、
いつも、いつも、見ている光景なのに、いつも同じことをされているのに
いつもより、ずっと、反応してしまう。

「ひゃっ・・や、ウィルっ・・んっ・・・あっ・・・・」
「・・・・・・いつもより反応、いいですね」
「ひゃうっ!」

耳元でささやかれて、ちゅ、とついでにキスされて
思ってもいない、制御できない声が、口から飛び出ていく。
胸の先を舌でくすぐられて、涙があふれてくる。

「・・・かわい」
「やめて、おねがいっ・・・」
「一度は承諾したんですから、ちゃんと最後まで、ね?」
「やっ・・」

ずる、きっと服をぬがさててる。
彼は、どんな目をして眺めているのか。
ぎち、手首が痛い。
自由の効かない腕、
想像するしかない光景
制御できない、声。

「ひゃあっ・・ああっ・・んっ・・・やっ・・ふあっ!」

膝を合わせて、出来るだけ体を小さくして、反抗の意を何とか表現してみる。
けれど、彼は、簡単に足を割って指先を、奥へと進めようとする。

「ああ。なんとなく分かりました」
「やだっ・・このままするのっ・・やぁっ・・・っ!!!!」
「独占欲の行きつく先なんですね。これ。今は、さん、たくさん想像するしかないでしょう?
僕を、僕の指先とか、僕の表情とか、声を頼りに、距離感もつかめないし、自分がどんな格好させられてるのかも」
「言わないでっ・・!」
「一つおしえてあげますよ、すっごく、かわいいです。さん」
「ひゃああっ!!!!!まって!うぁっ!んんっ!!!」

ロクに慣らさず、ぐいと足が割られて熱が中心へ侵入していくる。
痛みと背中を駆け巡る快感が、理性と本能が、互いにぶつかって頭が、おかしくなる。

「ああっ!!んっ!まっ・・やぅっ!んっ!うぃる!」
「っ・・はいっ?なんで、す、かっ?」
「うぃるくんっ!」
「ここにいますよっ」

がつん、がつん、と揺らされていっぱいキスしてくれて。
でも、彼の顔が見えないことの不安は、けしてぬぐわれない。
「うぃるくんっ!うぃる、おねがっ・・ふあっ!っ!これ、とって!」
「なんでですかっ・・」
「うぃるくん、みえないのいやっ・・はっ・・んくっ・・・さわれないの、やだっ」

恥も外聞も捨てて、すがる。
行為が、最初より、ゆるやかに速度を落としていく
ちゅう、と唇が合わせられて、手首の方で、もぞもぞと動きがあって、

「ああ、すみません、手首に、跡が」

手首に、彼の唇が寄せられて、また体がはねた。
けれど、そんなこと、どうだって良くて、彼の首に抱きつく。

「うぃるっ・・」
「そんな声出さないでくださいよ、止められなくなる」
「ウィルっ・・ウィルっ」
「ここにいますよ、ここに」

ぐい、と黒い布が押し上げられて、やっと癖っ毛と黒ぶち眼鏡が視界に飛び込んできた。

「ウィルっ・・・んぅっ・・・」

ぎゅうと抱きついてキスしたら、

「ふあっ・・・!?」

圧迫していた質量が増したような気がして

「はぁ・・・・もう、止められませんからね」

彼のそんな声を最後に、私は、意識が飛ぶまで愛された。

++++++

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ごめんなさい、謝りますから、ベッドから出てきてくださいさん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ココア入れました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ごめんなさい、さん、ごめんなさい」
「・・・しばらくしない」
「・・・・・あ、え、」
「絶対しない」

とりあえず腰の痛みが引くまで、2週間ほどだろうか。
慌てる彼を横目に、そもそもの原因を考えて、
まだ見ぬ彼の兄、名探偵に少し恨みを持った週末だった。