それからもうシャーロックは別人のようにに付きまとうようになった。
大抵はいつも通りのソシオパスだが、あとはにべったり。
新婚みたいな甘ったるい空気。
はと言えば困ったように笑いながら適度にあしらって大学生活を送っている。
その日は、いつもの時間にが帰って来なかった。
マインド・パレスに引きこもっていたシャーロックが突然立ち上がり部屋中をうろうろしだした。
「遅い!」
「友達と遊んでるのかもしれないだろ」
「だったら必ず連絡が来る!」
「ちょっとメールするのを忘れてるんだよ」
「にしても遅い!電話もかからない!どういうことだ!」
確かに電話に出ないのはおかしいけれど、彼女にだって生活があるだろう。
男の子に言い寄られたりね。
僕は気にせず雑誌をゆっくりめくっていた。
そんなに気にしなくたってそのうち帰ってくるさ、と。
だがレストレードからの電話で全ては一変した。
「どういうことだ」
低い、怒りを含んだシャーロックの声。
いつも怒ってるようなもんだけど、本質的な感情が表に出にくいシャーロックにしては珍しい。
電話を切ったシャーロックはコートを握って部屋を飛び出した
「おい!どうしたんだ!!」
僕もジャケットをつかんでシャーロックを追う。
タクシーに乗り込んで、彼は珍しく感情を抑えられないような雰囲気で小さく答えた。
「が誘拐された」
+++++
そのシャーロックに誰の声も意見も耳に入っていなかった。
彼女のGPSが途切れた場所、道路取りつけられた監視カメラの映像、寄せられた目撃情報。
不確かな情報の中から確かな情報を導き出して、一人でヤードを飛び出たシャーロックに僕も急いで追いつく。
僕がシャーロックと出会った初めての事件のとき、同じような感情を抱いていた。
それが大事な恋人となれば普通ではいられないだろう。
暗い工場跡地。僕らは二手に分かれた。
こんなに暗くて酷い場所に、が一人で(とは限らないが)閉じ込められているなんて。
思わず銃を握る指先に力が入る
ガタン!!!と大きな音が響いてそちらの方に駆け寄る
「じょん!じょん!!彼を止めて!!!!!!!」
最初に目に映ったのは床に転がされた血まみれの。
そして次にシャーロックが犯人を殴っているところだった。
の声もシャーロックの耳には届いていないのだろう。
何度も何度も犯人を殴りつけるシャーロックのあいだに入らなければ
僕の同居人は殺人者になっていたたころだった。
「落ちつけよ!!!!おちつけシャーロック!!!!」
「・・・ジョン・・・そうだ・・・・!!!」
「大丈夫、だいじょうぶだから・・・」
気を失った犯人の様子を見て、それからの傷を見る。
殴られてはいるようだけれど致命傷は無い。
出血も酷くない。大丈夫だ。
「僕、警察と救急隊員呼んでくるから」
「・・・・・・・ああ」
「大丈夫か?シャーロック」
「大丈夫だ・・・大丈夫・・」
その大丈夫は、誰に向かって言っているんだろうか。
を抱きしめるその腕は、確かに震えていた。
そんなシャーロックの姿を見るのは、きっとこれが最初で最後だろう。
++++
「大丈夫だよ、シャーロック」
「・・・・・・・・・遅くなった。」
「うん、でもシャーロックが来てくれるって知ってたから。こわくなかったよ」
「嘘だ。涙が」
「でも、もう大丈夫だもん」
「そうだ、な」
「怖い顔しないで、キスして」
シャーロックのたずなを握る、優しくて可愛い女神さま。