彼が私に何か隠していることに気付いたのは1週間くらい前。
もっと前から、なんとなく、雰囲気は感じていた。
どこか、よそよそしくて。
海外出張の多い部署に配属されているらしくて
何カ月も帰って来ないなんて当たり前だった。
一週間くらい前、肋骨を折ったって連絡がきた。
慌てて会いに行こうとしたら、病院は教えられないって。
大したことないから大丈夫だって。
泣いて電話したって、何も教えてくれなかった。
それから、今まで気がつかなかったような綻びが見え始めて。
彼は、きっと私になにか隠してる。
それが何かは知らないけれど。
「、」
「んー?どうしたの」
久しぶりの休日。彼が、ソファに座ってる現実。
コーヒーをマグカップに注ぎながら何かを問いかけてきたピーターの方を見る。
彼は、曖昧に笑う。
「なに?」
「いや、久しぶりの休日だし、何処かへ行こうかと、」
「・・ほんと?」
普通に、単純に、嬉しかった。
コーヒーを飲みながら何処へ行くか話して、結局、普通に買い出しになった。
本屋さんやスーパーや家具屋さんや。
くるくる街中を歩きながら、二人で歩く。
楽しくて嬉しくて。そして時々、悲しい。
この人は、私に、嘘をついている。
お昼ごはんを食べようと、公園で買ったホットドックを広げていた時
携帯が鳴った。ピーターの携帯。
番号を確認してから、彼の表情が変わった。
「誰?」
「会社の人。ちょっと電話してくるから待っててくれ」
「う、ん。」
きっと、新しい女性が、できたんだと。
そう思った。もっとマシな嘘、ついて欲しいな。
私はホットドックが冷めて行くのを、ただ、見つめていた。
彼がこっちへ歩いてくる。
どうせ
「ごめん、、仕事が」
「・・いいよ!大丈夫。仕方ないわ」
今日だけ、笑ってあげる。
今日だけ、いい子でいてあげる。
でも私たちの終わりは近い。
それから3日帰って来なかった。
でも今回は着替えも荷物もまとめなかったから、海外じゃない。
三日目の夜、彼が帰ってきた。
電気も消して、ベッドのもぐりこんだくらいの時間。
ごそごそと人の気配がする。
一度扉を開けて私が寝ているのを確認したらしいけれど
すぐに扉は閉まった。
そっと起きあがって、カーディガンを肩にかけて。
「おかえり」
「・・・・・・あ、ああ。ただいま、俺が起こしたのか?」
「ううん、なんか寝付けなくて」
「そうか」
「・・・なんか淹れようか」
「あ、」
キッチンに立って、紅茶、コーヒー・・・いや、夜だからホットミルクにしよう。
小さなお鍋を出してミルクを入れて
「ねーピーター」
「・・・ん?」
「何かさ、私に隠してることある・・・・や、違うか。言うべきだけど言ってないこと、かな。」
「・・・・・」
蜂蜜を入れてコトコト弱火にかけて
「、あの」
「他に好きな人できた?」
「違う!・・・だが・・」
「んー?」
やだ、まだ何も聞いてないのに、涙があふれてきた。
「それを言ったら、きっと君は」
「うん」
「俺から・・離れて行くだろうから」
火を消してマグカップに注いで。
これを持って振り返ればいい。
それだけ。でも、できない。顔を見れない。
「でもさ。このまま、ずっと、貴方の事、疑っていくのは辛い。から。どうせなら」
「・・・・・」
「別れようよ。」
「っ・・・」
ちょっと涙声になっちゃった。
視界も揺れて、もうぐしゃぐしゃ。
静かなキッチンに私の啜り泣く音だけ響く。
「ね・・っ・・・!!」
「違うんだ。違うんだ・・・言うべきだったけど・・でも君を危険にさらすわけには行かなくて」
振り返ったらいつの間にか彼が後ろに立っていた。
キッチンの電燈だけ。暗闇の中に光る、ブロンド。
なんだか。すごく、怖い。
見なれた顔なのに。聞きなれた声なのに。
すごく情けない顔してるのに。
それでも、怖く感じた。
手首を握られて、思わず体が強張った。
「、聞いてくれ」
静かに、ゆっくり話され始めた言葉は全て有名なスパイ小説みたいな話だった。
職業が嘘だったこと。危険な仕事をしていること。
嘘をつかれていたことへのショックと、
私はピーターの事を何も知らなかったことへのショックで、
涙が止まらなった。
「、俺は、」
「い、つか、さよなら、する、のわかってたから、うそ、ついて、たのっ・・?」
「違う!違う・・・君を手放したくなかったから。
本当のことを言って、君が離れて行くのが、俺には耐えられなかったから、だから」
どの言葉ももうよくわからない。
だけれど、抱きしめられる体温は本物で、
彼が泣きそうな顔をしているのは事実で。
わたしがかれにきすしたのも、ほんもの。