私の上を太陽が何度照らし過ぎ
私の先を月が何度導きすぎたことでしょうか。
私はただまっすぐ、まっすぐ歩き続けていました。
あるときは木の上に登り森の向こうを眺めて
あるときは湖に身を沈めて大地の声を聞いて
芝生に抱かれて眠り、風に頬を撫でられて目を覚まし
木の実を食べ、川の水を飲み、私は進み続けました。

何故、旅を始めたのか覚えていません。
きっと最初は何か理由があったはず。
でももう私の頭の中にあったはずの理由というやつは
何処かへこぼれおちたようでした。
ただただ、私は歩き続けているのです。
私には学がありません。文字も多少読める程度でした。
しかし私には大地の声を聞いて風のささやきを聞くことができました。
それだけで、私は幸せだったのです。

ある夜でした。木の窪に体を預けて眠っていた夜です。
丁度、食べ物が見つからず終わらない空腹と何日目になりましょうか、長く続く雨に体温は奪われて
もう、駄目かもしれないと思っていた時でした。
もし、次の日の朝、ここで目が覚めたなら、川を探そうと。
もし、次の日の朝、ここで目が覚めなければ、このまま大地へ沈んでいこうと。
そんなことを考えていた時でした。

じわりと皮膚が焼けるような感覚が襲いました。
それは次第に広がってゆき、森を焼き尽くすような熱さへと大きく大きくなってゆきました。
もう瞼をあける体力も惜しみたかったのですが、何かが地面を揺らし、音を上げて近づいてきていたのです。

「・・・・・・・・なんだ、お前は。」

それは地響きだと思いました。
しかし低く低く呟かれた言葉は、何かから発せられたものでした。
私の狭い視界には赤い赤い、ルビーのような輝きと身をさらけ出されるような熱さだけでした。

「死ぬのか。ここで死ぬな。ここは俺の、」

そこまで聞こえましたが、申し訳ありません。
私には、もう、答える力も、ありませんでした。




なにかかがコツンと額に当たって転がって行く感覚で私は目が覚めました。
上質な毛皮が私の体の上に乗せられていました。かけられていた、
というより引っ張ってきてそのままにしておいたと言った方がいいかもしれません。
ここは何処なのでしょうか。辺り一面

「わぁ・・・・」

黄金でした。そしてそれから、私の顔と心は凍りました。
私が旅していた中つ国。誰もいない、黄金の山。ああこれはまさか

「おい」

ここは!ここは悪評高きスマウグの寝床ではありませんか!!!
大きな瞳がこちらを覗きこんでいました。
私の体はきっと彼の瞳よりちいさいのではないでしょうか。

「あぅ・・・・っ!」

毛皮を投げ捨て両手を必死に動かし黄金の山を登ろうとしますが
黄金の山は崩れてゆきます。
後ろでごそりと大きなものが動く気配がして
私の首根っこを何かがひっぱりました。
と思うとぐいとそのまま高く高く

「ひゃああああああああ!!!!」

私にはまだ叫ぶ力が残っていたのですね!
大きな大きな邪悪な竜は私の甲高い声が勘に触ったのか持ち上げてから私をまた放り投げました
私は飛んで飛んで、転がって黄金の中に沈んでしまいました

「うるさい」

出ようと両手を動かすと赤い鱗が目の前に。

「ふわっ!!!」
「黙れ」
「・・・っ!!!!」

私には頷くしかありません。
飛び出そうになる悲鳴を両手で押さえて首を必死に縦に動かしました。
邪悪な竜が口を開ければ私はそのままのみこまれてしまいます。

「名前は」
「・・・・・・・」
「名は!」
ですうううう!」
「泣くな!鬱陶しい!放り出すぞ!」
「ごめ、ごめんなさっ!!!」

竜はぎろりと黄金の瞳でこちらを睨みました。
私は泣くなと言われましたが涙を流していたせいで視界が揺れてよく分かりませんでした。

「おい、何故あの森にいた。」
「たたたたびをしてます!」
「何故。あそこは誰も近づこうとしない」
「気付きませんでしたっ」
「そうか、なら食ってやろうか。」
「ごめんなさいごめんなさいっ」

そう言うと竜は少し離れました。
そうしてやっと外が暗いことに気がつきました。
黄金の隙間から見えたのは光り輝く夜空でした。

「俺がお前を拾ってきたのはただのきまぐれだ」

どこかから声が響いてきますが飛び立った大きな竜が何処へ行ったか
ちっぽけな私には分かりませんでした

「だから、いつだって殺せる」

がしゃ、と後ろの方で音がして私は黄金の山から離れました。
がしゃり、がしゃり、何かがそこを踏みしめて近づいてきます

「お前の旅はここで終わりだ」

山の向こうから現れたのは、美しく輝くビロードのマントと黄金の光を吸いこんでキラキラ光るシルクの服

「ここを出るときはお前が殺されるとき。お前がここを出て旅を続けることはない」

黄金色に輝く瞳、象牙のような白い肌にはところどころに鱗のあと

「わかったか?」

長く硬い爪と細い指が私の頬を持ち上げて、
赤毛がゆれて
なんて美しい

「わ、かりま、した」

そう言うと、その人は、満足したように笑いました。

「俺のこの姿を見て生きているものはいない。お前は幸運だ

低い低い、地面を轟かせる邪悪な竜の声が
目の前の美しい人からささやかれました。
私の、終わりのない旅は、ここで終わったしまうようです。
からり、黄金の山から一つ、ルビーが転げ落ちました。