「シャーロック、」
「なんだ」
「どっか行こう。」
「事件か」
「違う。デート」
「っ・・は?」
「仕事休みなの。クッション欲しい。大きい奴」

シャーロックは顕微鏡から目を離さず、私の声に答えた。
答えてくれただけマシだ。
ジョンはインフルエンザが流行ってるから、病院に駆りだされ
私は仕事が休み。
シャーロックは事件が無くて暴れ倒したあと、実験へ。
暇なんだもん。

「そうか」
「・・・・・・・・一人で行くよー」

どうせ付いてきてくれるとは思ってなかった。
ただ、なんとなく、ふと思ったから。
そしたら、なんでか、声に出てて
奇跡的に、シャーロックが答えてくれた、それだけ。
立ち上がって、コートを羽織って、ショルダーバックに財布とスマートフォンを放りこんで。
ついでにお昼は外で食べようかな―なんて思いながらキッチンにいるはずのシャーロックに声をかけるために
キッチンを覗きこんだら、

「何処見てるんだ」
「っ!?」

背後にコートとマフラーを巻いた彼が立っていた。

「へ!?」
「行くんだろう」
「一緒に来てくれるの!?」
が言ったんじゃないか」
「わ、私が言った!」
「早く。」

眉間に皺を寄せつつも、さっさと階段を下りて行ってしまったシャーロック。
上がる口角を何とか抑えて、私も彼の後を追う。
手を、つなぎたいなと思う。
大体、二人で出掛けるときに手をつなぐことなんかない。
大学時代も、そんなことなかったように思う。
いつも、丁度いい距離で、丁度いい歩調で、歩いてた。

「何処へ行くんだ」
「かわいい家具屋さん」
「具体的に」
「んー・・・ああ、リージェント・ストリートに新しい家具屋さん出来たらしい」
「ピカデリー・サーカスの方か」
「地下鉄乗る?」
「タクシーで行く」

それなりに距離があるから電車の方がー・・と言ったところでもう彼は右手を上げていて、
なんだっていいや、シャーロックが付いてきてくれるんだもん。なんて思いつつ
私はタクシーに乗り込んだ。

「・・・・なんでクッションなんだ」

沈黙を破ったのはシャーロックの方だった。
いつもだったら目的地に着くまで何も言わず、マインド・パレスに引きこもるのに。

「寝るときに枕代わりにしたい。あとテレビ見るときとか。」
「枕は枕であるだろう」
「違うんだな―、ふわふわした肌触りのいい、おっきいクッションが欲しいの!」
「・・・・そうか」

景色は横へ流れて行く。
シャーロックと私の間に自然に置いてある手が
当たりそうで、当たらない。
やだなぁ、初恋のあのドキドキした感じによく似た
なんだかちょっと居心地の悪い感覚。

「ここでいいですか」
「あ、はい」

タクシーの運転手さんが店の向かいで止めてくれた。
やっぱり帰りは地下鉄に乗ろう。それなりの金額になってしまった。
財布を用意していたらシャーロックがカードで払った。
不思議なんだけど謝礼も出ない事件捜査で、お金をとっても交通費とかしか要求しない
シャーロックがカードを持ってるのっておかしくないか?


「あ、うん」

運転手さんに感謝を述べて、タクシーを降りようとする。
す、と黒い革手袋が差し出されて、シャーロックの顔を見上げた。
何をぼんやりしてるんだと言いたげな眉間のしわだ。
ありがたく、手をつかむと、ぐいっと引きあげられた。
そのまま、私の手ごとシャーロックのコートのポケットに。

「おおっと」
「・・・クッションの前に、色気を何処かで買ってこい」
「童貞君に言われたくない」
「うるさい!!!」

ちょっとばかり、寄りそってみたりして
周りから見れば、ちゃんとカップルに見えるだろうか

「・・クッション選び、口出さないでね」
「なんで」
「シャーロックに聞いてたら日が暮れるから!」
「・・・・・ッチ・・じゃあ僕が一緒にきた理由が無いだろう」
「シャーロックが勝手について来たのよ」
「・・・・・」
「お昼は、アンジェロのとこいこ」
「好きにしろ」

眉間には濃い皺

声は怒ったみたいに低くて
歩くスピードはとっても早い。
それでも全身から声にならない声で
大好きが伝わってくるこの男。
イギリスで一番、めんどくさくて
一番、愛してる大事な人!