たとえば、その細い首に力を込めれば、は簡単に息絶える。
きっと私の持てる力の、三分の一も満たない力を込めるだけで、彼女は物いわぬ死体になる。
頭がい骨を割るまでもなく、何か銃を使うまでもなく、
こうして敵意も殺気もたてないで、無防備に私に背を向けている。人間は、あまりにも愚かで、弱い。
たった数回、会話をしただけで、彼女は私を信用した。
私とをつないだのは心の根底に流れる、「宇宙連邦が憎い」というどす黒いものだ。
ただし、私は彼女がいなくとも、全てを破壊することができる。
彼女にそれが可能かと聞かれれば、不可能だろう。
パーセンテージは65。半分より可能性があると見るか、90%満たないと見るか。
きっと彼女は彼女が憎む研究所にたどりついて、絶命するだろう。

なら、どうしてこの細い首を折ってしまわないのか。
船を与えられ、クルー全員を起すことができ、私は求めていたものを全て手に入れた。
後は船内の人間を殺し、地球へと帰還して戦争を起せばいいだけだ。
今なら、あのヴァルカン人もジェームズ・T・カークも地球を離れている。
彼らがワープ5で地球に駆け付けたとしても、我々が地球へ戻る方が早い。

「ちょっと、聞いてる?」

彼女の瞳は群青。青と黒の間。瞳に私がうつりこんだ。
身長は低い。ずいぶんと。それこそ、この瞬間でも殺せるくらい、ひ弱だ。
彼女の声は、美しい。

「カーン?」

彼女が私を呼んで、脳内で反響して、私は感じたことのない感覚が広がるせいで
得も言われぬ不安に苛まれる。
群青の瞳に捕えられ、彼女の声に動揺する。

「・・・なんだ」
「いや、だから、交代の時間だから休んできていいよ」
「・・休息は必要ない」
「でも、休憩してもらわないと、連邦の方にデータ行くから、怒られるの私なんだけど。別に緊急事態下じゃないし」
「君が先に。」
「ええー・・」
「・・君と同じ時間にデッキに上がってきた。つまり君も交代すべきだろう」
「うーん。そうなんだけど」
「どうした」
「しばらくワープ入らず漂流物捜すからさ、」
「だから?」
「星が見たい」
「・・そんなもの。今までもこれからもいつでも見れるだろう」
「今、見たい!」
「・・・・・・」

時折、子供のような事を言いだす。

それは彼女の幼少期に、子供らしい事を体験しなかったせいだろうと推察するが
それでも、子供のような趣向が多々、見受けられる。

「なぜ」
「なんとなくだよ、なんとなく人間は無性に、夜空を眺めたくなる生き物なんだよ」
「それは必要なことだろうか」
「いいや、全然。
夜空を眺めて絵を描き、夜空を眺めて祈りをささげ、夜空を眺めてあそこへ行きたいと思い、
こうして私はここにいる。」

スクリーンの先に輝くものを見つめ、彼女は濃紺の瞳を輝かせた。
は、羊飼いが夜空を眺めて星座を描いたことや
流れる星に願いを込める文化や、まだ人類が宇宙へ旅立っていない頃の夢を語ったと言うことは分かったが、
それで何が言いたいか全く分からなかった。
だが、

「怖いよね」

ぽつりとつぶやいた。

「暗くて、広くて、何があるか分からない、この空間」

だが、その感覚はよくわかる。

「なのに。どうしようもなく魅力的で、夢中にさせる、この世界」

私が、恐ろしく、そして夢中になっているのは

「・・・・ああ。そうだな」

君なのだと、伝えるべきだろか。