「、」
「はい?」
リビングでぼんやりしていたヘクターさんが私を呼んだために、キッチンでお茶を沸かしていた手が止まりました。
振り返っても彼は私に何も言うことなく、ぼんやりとしています。
聞き間違いかと思って、マグカップを用意して、コーヒーの準備を続けていると
「」
「なんですか?」
やっぱり、彼が小さく私を呼びます。
広い屋敷ですが、住んでいるのは私とディクソンさんだけ。辺りも静かなので、彼の声がよく聞こえます
「早くしろ」
「?」
コーヒーを早くしろと言うことでしょうか。しかし、私は魔法使いでもなんでもないので、
沸騰しかけているお湯の温度を上げるなんて事はできません。
「、」
「ひゃっ!」
「・・・・・・・・・・お前プロだろ。気付け馬鹿野郎」
「びびびび吃驚しました!」
いつの間にか後ろまで近付いてたディクソンさんが苦笑交じりに立っていました。
気配を消すのが常になっているからでしょう。
「もうちょっとですよー」
「早く。」
「なんですか。そんなにコーヒー飲みたいんですか」
「違う」
なんなんでしょうか。今日のディクソンさんはちょっとおかしいです。
久しぶりに休日が重なったので、今日と明日はゆっくりできるそうで
カタカタとケトルのふたが蒸気に押されて音を立てました。
火を切って、用意したコーヒーに円を描くようにゆっくり注いでいきます。
ディクソンさんは不思議そうに私の一連の動作を眺めていました。
「はい、できまし・・・・・・」
ほんの数秒前まで背後で立っていたのに、マグカップを持って振り返れば、既にソファに戻っていました。
「!」
「あ、はい!!」
彼のはブラック。私はミルクと砂糖を入れてディクソンさんの隣に座ります。
「はい、どうぞ」
「・・・・いい、置いとけ。」
「え?コーヒー待ってたんじゃ無いんですか?」
「いいから、」
コーヒーを手渡そうとすると、ディクソンさんは手を振ったので、
私は机の上に二つ、マグカップを並べます。雑誌を手にとって、パラパラとめくっていると、
私の膝の上に、ディクソンさんが寝ころびました。
「・・・・・・・・・・・ヘクターさん?」
「あ?」
「どうしたんですか?」
「どうもしねぇよ」
読みかけていた小説が壁となっていて、彼の顔は見えませんが、ずいぶんと珍しい光景でした。
お互い、暗殺者。人のぬくもりはいつしか嫌悪するものになっていました。
ふわりと、頭を撫でてみると、嫌がるそぶりもせず、大人しく撫でられています。
「ふふっ・・」
「なんだ、気色悪い」
「今日のディクソンさんは甘えん坊さんです」
「はっ、言ってろ」
それでも私が彼の頭を撫でる手を拒否することはなく、彼の鋭い瞳が隠れるまで、私はゆるゆると彼の頭を撫で続けました。
穏やかな午後、そよそよと温かい空気が窓から差し込んで、暗殺者同士の夫婦とは考えられないくらい、ゆるやかな時間。
「・・・・・・・・・・・・・・・・慣れないですね、」
「でも、嫌いじゃない」
思わず口から出た言葉に、眠ったと思っていたディクソンさんが答えました。
たった二人、たった二言。声が部屋に溶け込んでいきます。
「そうですね」
「・・・・・・・・」
彼は私の方なんかちっとも見ずに
「存分に甘やかしてもらおうじゃないか」
少しばかりぶっきらぼうな答えが、私の耳に届きました。