「仕事をしなさいシャーロック」
「兄さんから受ける仕事なんかお断りだ」
「そういうわけにもいかない。これは、詳しくは言えないが国にかかわる問題だ」
「どうせ宝物庫に何か出るとかそんなだろ」
「分かってるなら、ほら、書類」
「嫌だ!」

彼これ数十分、こんな会話をエンドレスループで喋ってる。
仕事をさせたいSir(マイクロフトさん)と絶対に仕事を受けたくないシャーロック。
最近、依頼がなかったから、「暇で死んでしまう!」なんて昨日の晩は叫んでたのに。
冷めた紅茶を下げて、新しいのを入れる。

「ああ。ありがとう 。」
「いえ。どうぞ。お砂糖は3つ入れておきました」
「流石だね。」
「オフィスでよくやってますから」

別に彼のオフィス勤務ではないけれど、秘書が急用でいないときとかは
時々コーヒーやら紅茶やらを入れる。
流石に手ずらから上司にいれさせるわけにもいかない。
後で考えればこの会話もシャーリーにとっていらだちの対象だったらしく

、僕には!」
「あるよ、紅茶でよかった?」
「コーヒー!」
「はいはい。」

ケトルに一杯分のお湯を入れて、火にかける。
今から手の込んだコーヒーを入れる気にもなれないので
インスタントでいいや、と棚の上にあるインスタントの粉に手を伸ばす。

「シャーロック、仕事を受けなさい。警察に降ろすわけにもいかないのは分かってるだろう。」
「いやだ、兄さんが行けばいいだろ!」
「そんな時間も暇も私にはないんだよ」
「僕にだってない!!」

いや、シャーロックにはある。時間も暇も頭脳もある。だから行ってくれないかな・・・
ここ数日、依頼がないのはさっきも言った通りだが
そのせいでストレスがたまったシャーリーがあちこちで炎を吐くから、ここ一週間で5箇所は壁紙を張り替えた。
これ以上ストレスがたまると次は火事になる・・・・・・さよなら私(とジョン)の敷金・・
カタカタとケトルが小刻みに震えた。インスタントの粉をスプーンでカップに移して角砂糖を二つ。

「シャーリー、コーヒー淹れたよ」
「砂糖は」
「入ってるよ」
「・・熱い!」
「ドラゴンが何、言ってるのよ」

その会話をぼんやりと眺めていたSirがおもむろに立ち上がった。
今日もお兄さんが折れたか・・・・・大抵、ジョンが間に入らない限り
一度で仕事の話が通ったことなんかない。
今日中にきっとジョンは拉致られるなぁ

「・・・・今日はタイムオーバーだ・・シャーリー、この書類はジョンに渡しておく」
「だからって引き受けないぞ」
「意地を張るのはやめなさい」
「送りますよ」

Sirが立ち上がったので私もついて行く。
このままここに二人がいると話は尽きない。仲がいいのか、悪いのか。いや悪いんだけど。

「ああ、悪いね」
!そんなことするな!」

部屋の中から聞こえるシャーリーの声を無視して、Sirの後ろついて階段を下りる。
先回りして玄関のドアを開けると、車が一台止まっていた。
いつもの、黒塗りの車。

「さて、これはここへ置いておこう。君から渡しておいてくれるかな?」
「・・・・はい。」

Sirから書類の束を受け取ろうと手を伸ばしたけれど、書類は私を通り過ぎて、
玄関に設置された小さな机に置かれた。
Sirはいつも通り、意味深な笑顔を浮かべて出ていく。
私もついて、外へ出た。
彼がふと221bを見上げる。
ガウン姿のシャーロックが不機嫌そうな顔でバイオリンを構えている。

「あーあ。機嫌悪くなっちゃいました」
「私のせいだね。」
「そうですね。はぁ・・・まぁ何とか説得してみますよ。最近、仕事してないし」
「ああ・・よろしく頼むよ・・。そうだシャーロックを説得するのに、少し手伝ってくれるかい?」
「勿論ですよ。説得しないと、今晩すねて大変なことになりますから。」
「・・・ずいぶんと懐かれているね」

「・・・ええ。大型犬みたいでしょう?」
「まぁ。そうだな、身長ばかり伸びてしまった。中身が伴ってくれるといいんだが・・・じゃあ。少し手伝ってくれたまえ。」

と言ったところで後ろから肘をつかまれた。
いつの間にか、スーツの男が立っている。顔見知りでもない。SPの人だ。

「わぁ!吃驚した」
「優秀な諜報員が吃驚した、か。」

で、なんで引っ張るんですか?と聞く前に車の中に押し込まれた。
Sirが流れるように、隣に座る。反対のドアを開けようとしたけど、既にロックがかかっていた。
こう言うシチュエーションは仕事でよくある。良くあるから脱出もできるけど
顔見知りばかりな上、アンシアさんとSirに怪我をさせるわけにいかない・・突然ロシア勤務になったら笑えない

「Sir!!!なんですか!!!」
「少し静かに。」

懐からスマートフォンを出しながら傘の取っ手でこんこん、と窓を軽く叩くと車は発車してしまった。
発車されると困る。すごく困る!!シャーロックはこの流れを見てたわけだし、怒ってる!
振り返るとどんどん遠くなる221b。ああ。嫌な予感しかしない・・・この役割はジョンのはずよ・・・

「・・・・ああ、シャーロック・・・そんなに大きな声を出さなくても聞こえている・・・ああ。そうだ・・・
だから・・・良くある手だよ。人質を返してほしければ、というやつだ・・・・なんだ・・そうだな。
決めるのはお前だよ・・・まぁ。そうだな。選択権はないな・・・そうか。よかった。じゃあ、解決したら
連絡を・・・・ああ、それで彼女は返そう・・・・・っと。切られてしまった」

切られてしまったじゃないです。人質ってなんですか。いや、今日。私久しぶりの休暇なんです。
と喉まで出かかった言葉を押しこめる。

「さて 。何処へ行こうか。」
「・・・・・は?」
「話は聞いていただろう?君は弟が事件を解決するまでの人質だ」
「ええ。聞いてました。携帯もなければ、財布もない状態で拉致されました」
「そうだ。だからこの間、私が君の相手をしよう。何処へ行きたい?」
「・・・・・・・そんなことする暇があったら先輩をデートに誘ってください」
「耳が痛いな・・・じゃあとりあえず服でも見るかい」

話聞いてないだろうこの人・・・・またこんこん、と傘で軽くガラスをたたくと、
車はくるりと方向を変えてブランドショップの立ち並ぶ通りへ。
ああー頭が痛い。とりあえずSirの奥様で私の先輩である彼女にすっごく怒られそうだなぁと思いながら
マイクロフト・ホームズの横顔を盗み見する。
ゆらり、と一瞬揺らめく紫色の瞳に、この人も正真正銘、ドラゴンなんだ、と思うと少し背中がぞくっとした。

「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
「・・・ああ・・そうだ。婚約おめでとう。君が未来の妹になると思うと楽しみだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「そんな顔をするのはやめなさい」

いつの間に喋りやがったあのドラゴン・・・・!帰ったら説教決定だな。

「シャーロックの妄想ですよ。流石に、そんなところまで考えてません」
「分かったじゃあ、これから書類を作りに行こう」
「そんな話の流れじゃなかったでしょう!?」

結局、その日、日が暮れるまでいろんなショップに連れて行かれ
あれやこれやと買ってもらい、両手が紙袋でいっぱいになったところでシャーロックから連絡があって、221bの前で降ろしてもらった。
ドアを開けると、真顔でカウチに座ってどこか遠くを見つめる疲労感満載のジョンと小さな青いドラゴンが鳩尾に突っ込んできた。
ジョン、お疲れ様。

「シャーロック!!!お座り!!!」

私の声に、Sirから買ってもらった服なんかの紙袋を私の部屋へ運んでくれていた大柄のSPが
少しだけ驚いたように体を揺らすのを横目に見ながら
とりあえず、これから説教を始めようと思います。