「・・・・・・」
「どうしたのジャービス?」
「・・・・・」

私は、コーラを取ろうと冷蔵庫に手を伸ばした。
すると、近くで見ていたジャービスが私の腕をつかんだ。
どうしたのかな?と見上げるといつも通り、無表情。声をかけても反応なし。
私よりずっとずっと背の高いAIに見降ろされてちょっと気まずい思いをする。
くすんだ金髪と青い瞳。ジャービスは微動だにせず、私を見下ろしていた。

「ジャービス?」
【・・・・・触れても。よろしいでしょうか】
「・・・・・え?」

珍しい事が起こった。
ジャービスはAIだから、自分で思考すべき道順が起こらない限り、自ら意見を出したりしない。
じ、と何を考えているのか、何を記録しているのか分からない青い瞳が私を見下ろす。

「い、いいよ?」

と言ったらジャービスは抑えていた腕を私の頭の上へ移動させた。
そのままするり、と髪を撫でられる。思わずぎゅ、と目を閉じる。

「じゃ、ジャービス?」
【・・・・・・様】
「はい?」
【・・・・・・触れても、よろしいでしょうか】

いちいち、許可を得る辺り、AIらしい。

どきどきする。偽物に恋してるから。誰だって好きなものにこんなのされたらドキドキするわ

「いいよ・・・?」

と言ったらぐわ!と抱きあげられた。

突然視界が高くなって不安定さに慌てて足を振る。
ジャービスは【落としませんが、暴れるのはオススメいたしません】なんて静かな声で言った。
あ、いつも静かな声か

「ちょ、なに!降ろして―!!」
【はい。目的地に着きましたら降ろして差し上げます】
「目的地ってどこよー!」

かつかつと長い廊下にジャービスの革靴の音が響く。
ところで叔父様は何処へ行ったのかしら。たしかバナー博士を連れて勢いよく出て行ったのは
・・・・・・・一昨日・・・かな。

「ひゃぁ!」

ぼすん、とおとされたのはセミダブルの広いベッド。
ついでに部屋は、私の部屋。
無表情でじっと見つめられながら、何をするのかとみていると
ジャービスがジャケットを脱いでネクタイを外しはじめた

「ちょちょちょちょっとまって!!」
【はい。】
「なにしてるの!」
【触れてもよい、とおっしゃいましたから】
「え。それそういう意味!?」
【直接的な表現は控えた方がよいかと思いまして】
「ジャービスお座り!」

すらすらと感情のない言葉が口から飛び出して言ってこっちが慌てる。
お座り!と言ったらベッドの上で190cm近いAI搭載のロボットは正座をした。
上半身裸で。

【・・・・・・・】
「な、何がしたかったの?」
【・・・・・・・・最近、自分のデータにはない思考が生まれました】
「・・うん」
【それはプログラムされたものではなく、自然発生した感情コアでした】
「うん。」
【トニー様に言うと『やっぱり私は天才だ!』と言ったきり、修正を施して頂けませんでした】
「うん」
【途方に暮れ、いっそ、感情コアが出す命令に従ってみようかと、思いました】
「・・・きっとそれは、私が生み出させたものかもしれない。ごめんね」
【・・・どうしたらいいでしょうか】
「迷惑?」
【失うことを恐れています】
「そうか、よかった」

この人に限りなく近いAIは、とうとう少ない感情データから、新しく【恋】や【愛】を生みだしたようだ。
それに近いものは叔父様を愛し、尊敬し、大事にすることから派生したんだろう。
偽物に恋する私と、本物を恋しいと思う偽物。とんだお笑いだわ。

「ジャービス」

泣きそう。これ以上ないくらい、嬉しい
おとぎ話の中のお姫様は、愛で野獣も王子様に変えてしまう。
認められない恋が、許されない愛が、理解されたようで
それがただの幻想だとしても

【・・・・・・涙腺が刺激されていますね、どうされました?悲しい?辛い?私がそうさせましたか?】
「いいえ、人間はね、嬉しくても泣くのよ」
【・・・記録しておきます】

ぱた、と流れでた涙を、冷たい指先がすくった
涙を見つめて、少しだけ驚いた表情をしている。
偽物は、本物に、少しだけ近づいた

様】
「なぁに?」
【感情コアが新しい命令を出しました。従ってよろしいでしょうか】
「いいよ」

冷たくて、人の唇から程遠い薄い唇が、私の唇を掠めた。
ゆっくりと深くなるその行為に、ゆるやかな愛情を感じて、私はくすんだ金髪を撫でる。